2011年9月9日

前々回の記事が好評でした(コメントを下さった皆さん、ありがとうございました)ので、今回もスタジオジブリ、宮崎駿監督の海外におけるインタビュー記事を日本語に翻訳してお届けします。
今回の記事は2001年12月、パリで開催されたアニメーション・フェスティバルにおける記者会見でのインタビューです。古い記事ですが、ちょうどこの時が「千と千尋の神隠し」ヨーロッパ初上映だった事もあり、話題は千と千尋の事がメインになっています。「千と千尋」をお好きな方は、ぜひお読み下さい。
※ なお、以前の翻訳記事同様、真面目に訳したつもりではありますが、間違いが含まれている可能性があることをご了承頂いた上で、お読み下さい。
翻訳元: Midnight Eye ↓以下にインタビュー記事を翻訳してお伝えします。
Q: あなたの映画は全て脚本なしで作られているというのは本当でしょうか?
宮崎: 本当ですよ。僕はストーリーが出来上がってない段階で、映画作りに取り掛かります。大抵はそんな時間がないんですよね。ですから、絵コンテを描き始める事で、ストーリーも展開していくわけです。映画の製作は絵コンテを描き始めてから、かなり早い段階でスタートします。絵コンテをまだ描いてる途中ですね。ストーリーがどこに向かっているか分からない状態ですが、絵コンテを描きながら映画を作り続けるんです。
これはアニメ映画を作る上では危険なやり方です。違った方法でやってみたいとは思いますけど、残念ながら、これが僕の仕事のやり方なんです。他の人達もみんな、それぞれが、そうせざるを得ないやり方のようなものがあるでしょうね。
Q: ただ、そのやり方がうまくいくには、キャラクターへの強い思い入れが不可欠になるんでしょうね。
宮崎: 一番大事なのはキャラクターに対して共感する事じゃなくて、映画の長さをどのくらいにするか、なんです。3時間の映画にするべきなのか、4時間なのか? これは大きな問題です。僕はプロデューサーと、しょっちゅうこの事で議論するんですよ。彼はたいてい、「製作期間をさらに1年延長してもいいんですね?」と聞いてきます。実際には、彼は1年延長するつもりなんてないんです。ただ、そんな風に言うことで僕を脅かして、仕事に戻らせようとしてるだけなんです。
僕だって、仕事の奴隷になりたいわけじゃないですからね。なので、プロデューサーにそう言われた後は仕事に戻って、より集中して速いペースで作業することになります。
他に、僕がきっちりと守っている大事な事は、スタッフたちが作ったものをうまく使うということですね。たとえ、彼らの描いた絵が僕の描いた背景に合わなかったとしても、僕は決してそれを無駄にせず、一番良い使い方を見つけ出そうと努力します。
Q: では、キャラクターに関しても、一度生み出されたものは引っ込められることなく、最後まで映画の中に出続けるという事でしょうか?
宮崎: キャラクターは繰り返し考え抜く、反復の中から生まれるものですからね。まず、キャラクターの骨格は僕の頭の中にあります。あとは自分がそのキャラクターそのものになりきって、物語に登場する場所に何度も何度も行ってみるんです。そこまでやって初めてキャラクターを実際に描き始めます。でも、それも何度も何度も、繰り返し繰り返しやってみるんですけどね。そうやって、なんとか期限ギリギリに終わらせますよ。
Q: そんな風にして、キャラクターと非常に個人的な繋がりを持つわけですね。では、あなたの映画の主人公に若い女性のキャラクターが多い事については、どう説明されますか?
宮崎: その理由はかなりややこしい事ですし、ここで語るには長くなり過ぎるんです。だから、「女性たちを非常に愛しているから」と言えば十分でしょう(笑)。
Q: 「千と千尋の神隠し」の主人公である千尋は、あなたのこれまでの作品に出てきた女性の主役とは違うタイプのヒロインであるように思えます。千尋には明らかに英雄的な部分が欠けていますし、彼女の自発性やバックグランドもあまり分からないままですね。
宮崎: 僕がこれまで千尋のようなキャラクターを作ろうと思わなかったのは、今まさに彼女のような少女たちが日本にたくさんいるからなんです。彼女らは、親が自分を幸せにしようと努力していることに対して、どんどん無関心になっていってますね。
父親が名前を呼んでいるのに、千尋が反応しないシーンがありますよね。父親が2度名前を呼んで、ようやく彼女は反応します。ウチのスタッフに聞いてみると、「2回じゃなくて3回は呼ばなきゃダメです、最近の女の子は大体そんな感じですからね」って言うんですよ。彼女らは、両親の呼びかけにすぐには応えないんですね。
僕がこの映画を作ろうと決めたのは、10歳くらいの年齢層の少女たちのために作られた映画が無い事を実感したからなんです。友人の娘を見ていても、彼女に直接語りかけてくれるような映画は無いんだと、つくづく思いました。もちろん、彼女らと同じような年齢のキャラクターが出てくる映画はあるんですよ。ただ、彼女がそのキャラクターを自分に重ねあわせてみる事はできないんです。そのキャラクターは自分たちとはまるで共通点のない、架空のものだからです。
僕が「千と千尋」で彼女たちに伝えたかったのは「心配しないでいいよ、結局は何もかもうまくいって、素敵な事が待っているからね。」という事です。そして、それは映画の中だけじゃなくて、現実の暮らしでも同じなんだよ、という事でもあります。そのためには、日本に行けば、どこででも出会えるような普通の女の子を主人公にする必要があったんですよ。空を飛べたり、不可能に思えることをやってのけるような子じゃなくてね。
僕が千尋の事を文字にしたり絵にしたりする時には、いつも自分に問いかけていた事があります。それは、友人の娘や彼女の友達も千尋と同じことができるだろうか、という事なんです。千尋に仕事をさせたり、何かに挑戦させたりする全てのシーンで、それが僕の基準になっていました。この小さな日本人の少女が一人前になるためには、色んな課題を乗り越えてもらわなければなりませんでしたからね。
この映画作りには3年かかりました。もう友人の娘も13歳になっていましたけど、彼女はこの映画をすごく気に入ってくれたんです。それで、僕もかなり幸せな気持ちになりましたね。
Q: 「絵コンテを描き始めた段階では、物語の結末がどうなるか決まっていない」との事でしたが、物語の結末にたどり着くための確実な方法とか、ご自身に課している決め事などはおありですか?
宮崎: ええ、物語自身が求めてくるものに従うという事ですね。物語そのものが、僕を結末に導いてくれるんです。「千と千尋」には1415カットの異なる場面が出てきます。プロジェクト開始当初の見積もりでは1200カットくらいだったんですが、物語が僕に「それではダメだ、1200カット以上必要になる。」と言ってきたんですよ。
映画を作っているのは、僕じゃありません。映画自身が映画を作り、僕はそれに従うしかないんです。
Q: 「千と千尋」でもそうですが、あなたの作品には、例えば「懐かしさ」のような、繰り返し現れる要素がありますよね? 今回の「千と千尋」はあなたの以前の作品とどのように関連していますか?
宮崎: 難しい質問ですね。懐かしさには色々な形があって、大人だけが感じる特権ではないと信じています。子供でも懐かしさを感じることはあるんですよ。人類共通の感情の1つですね。定義するのは難しいですが、僕たちを人間たらしめているものの1つだと思います。
タルコフスキーの「ノスタルジア」を観たとき、懐かしさの感情は普遍的なものなんだと実感できました。ノスタルジアという言葉は日本語ではありません。でも、外国語を話さない僕が「ノスタルジア」の映画を理解できるという事は、懐かしさという感情は皆が共有できるものであるということでしょう。
生きるということは、何かを失うということです。それが人生における事実ですよね。ですから、皆が懐かしさを感じるのは自然なことだと思います。
Q: 今回の「千と千尋」をあなたの以前の作品と比べたとき、印象に残ったのは、「作者がほんとうの意味で自由である」という事でした。映画に対する解釈の仕方や自由なストーリーなどは、「ロジックからの独立」であるとさえ感じました。
宮崎: ロジックや理屈というものは脳の前頭部分を使いますが、それだけのものです。理屈で映画を作ることはできないんですよ。いや、映画は理屈で作れるぞ、という人もいるかもしれませんが、僕のやり方はそうじゃありません。僕はがんばって、潜在意識の井戸を深く掘っていくんです。
そうやっていると、ある瞬間にフタが開く感じがするんです。そうなると、実に色んなアイデアや映像が湧き出てきます。それで映画を作れるようになるんですよ。ただ、フタは完全に開ききってしまったらダメですね。潜在意識を解放しきってしまうと、社会生活や家族との生活が困難になってしまいますから。
人間の脳というものは、一般的に理解されているより、ずっと色んな事を知っているし、色んな事に気づくものだと信じています。でも、どうすればお客さんに楽しんでもらえるシーンを作れるかについて、脳の前頭部分(論理を司る)は何も教えてくれないんです。
例えば、「千と千尋」の終わりの方に、千尋が一人で電車に乗るシーンがありますよね。この映画は僕にとっては、あの場面が結末なんです。僕は自分が初めて一人で電車に乗った時のことと、その時の気持ちを覚えています。
その気持ちをあのシーンに込める上で大事なのは、電車の窓から見える景色として、山や森などを描かないことなんです。ほとんどの人たちが、初めて一人で電車に乗った時のことを覚えていると思いますが、電車の外の景色については、ほとんど覚えていないものなんです。みんなの記憶は電車に乗ったことそのものに集中しているからですね。
ですから、このシーンにおいても、電車の外の山や森を描くべきじゃないんですね。ただ、そのシーンに至るまでは周りの様子を描いていたわけです。雨が降って、辺りは海になっていましたよね。僕自身、なぜ海にしてしまったのか、自分でも理由がわからなかったんです。でも、電車のシーンを描く時になって、「ここを海にしといて良かった!」と思いましたね(笑)。無意識にやっていたことが、効果的に働いてくれたわけです。物語を生み出す上で、単純なロジックよりももっと深いものがあるという事です。
Q: あなたはこれまでたくさん映画を作ってこられましたが、たとえば「ラピュタ」や「紅の豚」のようにヨーロッパが舞台になっているものと、日本が舞台になっているものがありますよね。どちらを舞台にした映画にするかを決める上での基準はありますか?
宮崎: 映画を作るために、風景のイメージや絵を膨大にストックしています。どれを選びとるかは、完全に作り始める映画次第ですね。普通、僕とプロデューサーが共同で決めるんですが、その時にどうなるか、ですよね。映画を作りたいと思った時には、僕はひたすら文献を集めているだけですから。
描いてみたい日常のイメージはたくさんあります。ただ、「千と千尋」で湯屋を舞台にしたのは、僕が銭湯に行った子供時代からずっと考えていたことなんです。トトロで舞台にした森の設定は、映画を作る13年前から考えていました。同じように、ラピュタで使った設定も、映画を作る何年も前から考えていたものなんです。ですから、たくさんのアイデアやイメージをずっと温めていて、映画を作る時にその中から選ぶという形ですね。
Q: あなたの作品では常に、前向きな気持ち、希望、人間の高潔さに対する信頼が表現されていますね。これらの要素は、意識的に作品に加えているのですか?
宮崎: 本当は、僕は悲観主義者なんです。ただ、自分の悲観主義を子供達に伝えようという気はありません。それは抑えています。大人が自分たちの世界観を子供たちに押し付けるべきじゃないと信じていますからね。子供たちは自分でものを見る目を養っていける、強い力を持っているんです。僕らのものの見方を強制する必要なんてありません。
Q: では、あなたの映画は全て子供向けに作られているという事ですか?
宮崎: 「紅の豚」は、とても子供向けの映画とは言えませんね。ただ、それ以外は全て子供に向けて映画を作っています。大人向けの映画を作れる人はたくさんいますからね。ですから、僕は大人向けのものから距離をおいて、子供向けの映画に集中しているんです。
Q: しかし、あなたの映画を見て大いに楽しんでいる大人も無数にいると思います。
宮崎: それはもちろん、すごく嬉しい事なんですよ。簡単に言わせてもらえば、ハッキリと子供に向けられた映画であっても、強い情熱を注いで作られたものであれば、それは大人も楽しめるものになるという事ですね。(中略)
Q: あなたは独特の方法でストーリーを作るんですね。他の人たちも同じようにした方が良いと思われますか?
宮崎: 僕はストーリーテラーじゃなくて、絵を描く人間ですからね(笑)。ただ、物語の持つ力を強く信じているという事は言えます。人間性を形成し、刺激を与え、楽しませたり、ひらめきを与えたりもしてくれます。物語は、そういう非常に大事な役割を果たしていると確信していますね。
Q: 子供たち向けのストーリーを語る上で、ファンタジーは必要だと思いますか?
宮崎: 想像力というものは非常に重要ですからね、ファンタジーは必要だと思います。作品において日常生活のリアリティというものには、こだわり過ぎるべきじゃないですよ。ただ、気持ちやイマジネーションのリアリティを感じさせる事は必要です。
生きて行くうえで助けになるのは、そうした事ですからね。ただ、ファンタジーという言葉は注意深く使わなければならないと思ってます。今日の日本では、ファンタジーという言葉はテレビ番組からゲーム、バーチャル・リアリティ(仮想現実)のようなものまで、あらゆる事に使われています。でも、バーチャル・リアリティは現実を否定することなんです。
僕らは想像力に対してオープンな態度でいるべきだと思っています。想像力は現実の世界を豊かにしてくれますから。でも、バーチャル・リアリティは人々を牢屋に入れるようなものなんですよ。そして、これこそが僕自身も仕事をする上で抱えている矛盾なんです。想像上の世界とバーチャルな世界とのバランスを取ろうと、苦労してますね。
Q: 「紅の豚」と「千と千尋」は両方とも、人が豚に変わってしまいますよね。豚に対する強い興味というのは、どこから来たんでしょう?
宮崎: ラクダやキリンより、豚の方が楽に描けますからね(笑)。それに、僕の言いたい事にフィットしてくれるからでしょう。豚の性質というものは、人間の性質にとても似てますから。僕は豚が本質的にすごく好きなんです。豚の持つ強さも弱さも含めてね。丸いお腹もそうだけど、僕らは豚みたいなものです。豚は僕らに近いですよ。
Q: 悪臭を放つ川の神様は日本の神話を元にしたものでしょうか?
宮崎: いいえ、神話からではないですね。僕の個人的な体験が元になっています。僕は田舎の方に住んでますが、近くに川があるんですよ。川をきれいにして、川底にあるものが見えるようになったんですが、本当にひどいものでした。
車輪だけ水面から飛び出た自転車があったんです。これを川から引っ張り上げるのは簡単に思えたんですが、実は非常に大変でした。何年もかけて溜まったゴミがかぶさっていて、非常に重くなっていたからです。
川の掃除は何とか今も続いてまして、少しずつですが魚も戻ってきています。全てが失われたわけじゃなかったんですね。ただ、川から引き上げられたゴミの臭いというのは、最悪でしたね。みんなが何年もの間、川に投げ捨てたものが、酷いゴミになっていったわけです。
Q: あなたの映画では、1つの重要なシーンが映画全体を象徴していますね。
宮崎: それは僕がストーリーの全体像を把握しないまま、映画を作り始めてしまう人間だからでしょうね。全てのシーンが重要だと思って作っていますから。千尋の両親が豚に変えられてしまうシーンは、映画の中でも、かなり大事なシーンです。ただ、その次のシーンもやっぱり重要なんです。そんな感じでずっと続いていきますね。
千尋が泣くシーンがあります。ここで僕は、大きな涙が吹き出すようにこぼれてほしかったんです。でも、実際は僕がイメージしたような絵にはできませんでした。つまり、重要なシーンなんて無いとも言えるんです。どのシーンにもそれぞれ問題がありますからね。でも、次の場面に繋ぐ効果だってあります。
ただ、この「千と千尋」については、映画全体を象徴すると思えるシーンが、確かに2つありますね。一つ目は車の後部座席が映る、最初のシーンです。そこでの千尋は、傷つきやすい少女でした。2つ目は最後のシーンです。そこでの彼女は生き生きしていて、世界中を相手に立ち向かっていました。これら2つのシーンが千尋の内面の成長を表していました。
Q: 他の作品や監督に関しては、どういったところから影響を受けましたか?
宮崎: 1950年代の映画や映画製作者たちですね。たくさんの映画を見始めたのも、その当時です。特に強い影響を受けた映画製作者を一人挙げるなら、フランスのアニメーターであるポール・グリモーですね。ただ、世界中いろんな国の映画をたくさん見てきましたが、僕はたいてい、監督の名前を覚えてないんですよね。
ですので、あまり名前を挙げられないのはお詫びしなきゃなりません。作品で明らかに影響を受けたのは、ロシア映画「雪の女王」です。あと、同じ年齢のアニメーション監督として非常に尊敬しているのは、ユーリ・ノルシュテインですね。それからカナダのフレデリック・バックも素晴らしいです。特にノルシュテインは真の意味で芸術家と称されるのにふさわしい偉大な人ですね。
Q: あなたの次のプロジェクトはどうなっていますか? 現在は何をされていますか?
宮崎: 僕らは最近、ジブリ美術館をオープンしたんです。美術館というと大げさに聞こえますけど、実際はスタジオの仕事を展示する小さな小屋ですね。その中に、ジブリ美術館のためだけに作られた短い作品を公開する映画館があるんですよ。僕はその作品作りの責任者ですから、今はその映画を作っていますね。
それから、森田宏幸という若い監督が演出する新しい映画があるんですが、これを指導したりもしています。来年の夏、日本で公開予定です。他の監督を指導するというのはすごく大変ですね。やっぱり、彼と僕ではやり方が違いますから。忍耐力の試験を受けてるようなものですよ。
Q: 「千と千尋」は日本では途方も無く大きな反響があったでしょうが、その事があなたの仕事のやり方を変えることはありますか?
宮崎: いいえ。「千と千尋」が成功したかどうか、観客の心を捉えたのかどうか、僕にはわかりません。何があろうと、観客が多かろうと少なかろうと、そういう結果に影響を受けてはいけないんだと、いつも自分に言い聞かせてきました。だからこそ、うまくいってるんだと思いますよ。成功したからといって仕事のやり方を変えてたんじゃあ、ちょっとバカみたいですもんね(笑)。
(翻訳終わり)
いかがだったでしょうか? なお、前々回のインタビュー翻訳記事はこちら 英『EMPIRE』誌に掲載された宮崎駿監督インタビューの日本語訳 になります。よかったら、こちらもどうぞ。
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