2020/03/14 10:25|日本の映像作品 |TB:0 |CM:17 |▲
今回は、映画「AKIRA」(大友克洋監督)の海外レビューを翻訳しました。 「AKIRA」は1988年に公開されたアニメ映画です。サイバーパンクな世界観と緻密な描き込みが非常に印象的な作品で、海外にも大きなインパクトを与えました。「アニメーションは子供のもの」という考えの根強かった当時の欧米の人々にとって、複雑かつダークな内容の本作は衝撃的だったようで、この作品をきっかけに日本のアニメを視聴するようになった人も多いそうです。昨年は「AKIRA」の新アニメプロジェクトが発表されて話題になったりと、公開から30年以上が経過しても、まだまだ根強い人気を持つ作品です。 この記事では映画批評サイト「IMDb」から海外の一般映画ファンが投稿した「AKIRA」のレビューを数本抜粋して翻訳しております。IMDbにおける「AKIRA」のレビュー平均は8.0点(投票数151,744件:2020-03-14現在)です。なお、ネタバレが含まれていますので、作品未見の方は、どうぞご注意を。↓では、レビュー翻訳をどうぞ。
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● 「30年経っても人々を興奮させ魅了し続けるSF大作 大友克洋の生み出したアニメーションとストーリーテリングの傑作」 評価:★★★★★★★★★☆ 限定的な層だけにアピールした、単なるカルトヒット作品ではない。最も早い時期に欧米市場に持ち込まれた日本の人気アニメでもあるのが、この「AKIRA」だ。大友克洋によって作られたこの作品は、どう考えても傑作としか言いようがない。リリースから30年を経ても、今なお鮮烈であり、独特であり続けているというのは驚異的だ。実にうまい年のとり方をした映画だという他はない。 エンターテイメントの世界においてはいまだに影響力の強い作品であり、結果として似たような要素を持つ作品も多く作られてきたため、私としては、今さらこの作品について語る必要はないだろうと考えていた。そこで、この何年間かは「AKIRA」を観返すこともなかったのだが、つい最近になって改めて鑑賞したところ、ショックを受けた。初めて観た時の驚きと心を奪われたあの感覚を再び味わうことになったからだ。 舞台は2019年、第三次世界大戦で破壊され復興を遂げた後の日本だ。夜の街は反政府活動家、ギャング、汚職警官たちに支配され、昼の街は摩天楼にオフィスを構える大物政治家が支配している。この作品が焦点を当てているのは、街の不良グループだ。主人公の金田と鉄雄もそうしたグループのメンバーで、彼らは子供時代からの親友ではあったものの、今ではなにかと対立し合う関係だ。 ある時、事故をきっかけに鉄雄の潜在的な超能力が目覚め始める。裏切りと不信が広がる中、金田は反政府組織と連携して、軍の監視下にある鉄雄を助け出そうとする。だが、すでに手遅れだった。鉄雄は新たに手に入れた力を使って、自分を裏切った世の中に復讐するつもりでいたのだ。破壊を続けながら、鉄雄は彼の意識に繰り返し現れるアキラという存在を探しはじめた…。 「AKIRA」の中で魅力的な要素の一つは、本来は頭痛がするほど複雑で重層的な物語を、ストリートギャング同士の対立をベースにしたアクションスリラーという、比較的わかりやすい形で語ってくれていることだ。とはいえ、私が十代の頃、最初に鑑賞したときは、未解決の疑問が数多く残されたまま物語が終わってしまったような印象を受けたものだ。だが、大人になってから再び観た時には、謎の答えは全てこの映画の中にあることに気づいた。情報は極めて巧妙に、少しずつ明らかにされていたのだ。 この作品にはかなり複雑な意図があり、実存主義や宗教的な狂信などの興味をそそるテーマにも触れている。だが、常に微妙かつ巧みに表現されており、観客を甘やかしたりはしないが、過剰に抑制的というわけでもない。次々に少しずつ情報の断片を観客に見せていくやり方は、非常に洗練された手法だ。観客はそれらの断片を頭の中で組み合わせながら、物語の大きな流れをつかめるようになっていく。 ビジュアル面でも、この作品は実に創造性豊かだ。圧倒的なディテールと流れるような動き…。画面を見つめながら畏怖の念を抱かざるを得ないほどで、手書きの作品としてこれほど説得力を感じるものは、近年の作品を含めてもなかなか思い当たるものがない。「AKIRA」には、物語を肉付けし、作品内の世界をリアリティあるものにしてくれるディテールの描写も実に豊富だ。メインの登場人物以外についても、かなり膨大な量の設定がなされていることもよく分かる。キャラクターデザインも素晴らしいが、皆がかなり単純な見た目なので、一言も発さなくてもどんなキャラクターなのか、知るべきことは見てすぐに分かる。 大友の作品は、美術面において常に人を魅了してきた。別の作品、「スチームボーイ」の方もぜひチェックしてもらいたいが、この点における彼の一番の傑作は、やはり「AKIRA」なのではないだろうか。 演出面も、そして状況の描写も、物語の構造も全て面白い。だが、鑑賞を進めていくうちに、数少ない欠点も浮かび上がってくる。どうか誤解しないで頂きたい。ストーリーは魅力的だし、キャラクターも楽しめる。全体として、実によくできているのだ。だが、根本的な問題は、意味を隠されたものが物語の中にあまりに多くありすぎるということ、キャラクターの背後にある設定も多すぎるということ、そしてそれらを表現するには、映画の長さが足りなさすぎるということだ。 その結果として、壮大な物語のダイジェスト版を見せられているような感覚になることは否定できない。私が最近鑑賞したときも、極めて重要なシーンが大急ぎで次のシーンに移ったり、多くの重要な要素が一度に登場したりで、少々無計画ではないかと思わされることが何度かあった。ただし、そうではあっても、全体として見た場合は考え抜かれ、うまく組み立てられていることは間違いない。もう少しゆっくり時間をかけて見せてくれたなら…というだけのことだ。 「AKIRA」は傑出した作品だ。そのことに疑いの余地はない。すでに30年間も、観客を魅了し続けてきたのだ、これからも多くの観客を楽しませてくれることだろう。先程に記したわずかな欠点があるため、完璧とは言えないかもしれないが、目を見張らせるアート、ストーリーの展開の仕方、興味深いキャラクターなどは、十分に鑑賞する価値のあるものだし、何度も観直す価値もある。だから、私としては「AKIRA」に10点満点中9点を捧げたい。完璧ではないとしても、やはりこれは傑作なのだ。 ● 「画期的な傑作」 評価:★★★★★★★★★☆ 2時間にわたってこの哲学的とも形而上学的とも言えるSFアクション映画を観た後、僕はただじっと座ってしばらく画面を見つめていた。この作品について、何を考えればいいのか分からなかったのだ。今もまだ分からない。 でも、素晴らしく独創的でクリエイティブな作品であるということは分かる。そして、とても影響力の強い作品であることも明らかだ。多くのアメリカ人は、「AKIRA」を通じて初めて日本のアニメに触れ、そのグラフィックとディストピア的な世界観を堪能した。僕もこの映画を自分の目で観たことで、いかに多くの作品に影響を与えてきたのかを実感できた。むしろ「AKIRA」そのものよりも「AKIRA」の影響を受けた作品のほうが、今の観客にとっては馴染み深いのだろう。 とは言え、多くのアメリカ人が「AKIRA」をきちんと理解できたかといえば、その点には疑問を感じる。少なくともアメリカ人にとって、本当に理解するのは難しい映画だと思う。おそらく、アメリカ人以外にとっても同じはずだ。僕としては、そもそも理解されることをあまり期待していない映画であるように感じる。ただし、体験されるべき映画だとは思う。僕も「AKIRA」を体験した。楽しんだかどうかは自分でもハッキリしないが、畏敬の念を抱いたことは間違いない。 アニメーションは実に見事だ。特に80年代に作られたものであることを考えると、なおさら凄い仕事だと感じる。この作品にありきたりのもの、シンプルで見慣れたものは登場しない。なめらかで新鮮で、ダイナミックで美しく、そして何より、ここには観る者の心を奪う何かがある。タランティーノでさえ、大量の血と内臓をここまで芸術的に描くことはできなかった。ネオ東京は、その実在を信じられそうな未来の街だ。恐ろしさと美しさが均衡するこの街を描くのは難しかったはずだが、製作者たちは自信を持ってこの仕事をやり遂げたように見える。 この作品を他の作品に例えて説明しなければならないとすれば「未来世紀ブラジル」、「コンタクト」、「2001年宇宙の旅」、「ブレードランナー」を組み合わせたものということになってしまうだろう。ただ、実はそれだけでも全体をカバーしきれるとは言えない。というのも、これは日本の映画だからだ。明らかに日本的と思える部分もあれば、それほどでもない部分もあるとはいえ、文化的な要素に理解を阻まれる箇所は多い。もし日本文化に精通していたり、アニメを視聴した経験が豊富にあったりするなら問題ないだろうが、そうでないなら、早い段階で理解できなくなる可能性もあると思う。 アニメといえば、「AKIRA」の後半は、いかにも日本のアニメという雰囲気がある。僕が観てきたアニメに近い手触りがあるのだ。僕は特に日本アニメのファンだったわけではないが、かなり好きな作品はいくつかある。そして、そこには共通した感覚がある。ロジカルな意味ではなくて、テーマの選び方や哲学的な部分で共通したものがあるのだ。同じものは「AKIRA」からも感じられる。 「AKIRA」のストーリーは興味深い。ここで紹介するには長すぎるし複雑すぎるので、金田と鉄雄という2人の少年、そしてケイという少女をめぐる物語とだけ言っておこう。個人的にはこの3人の人間的な部分にもう少し光を当ててほしかったとは感じるが、普通に考えれば十分だろう。 ストーリー自体は、もしアニメが好きな人ならストーリーも大好きになるだろうが、そうでないなら、好きになれないかもしれない。ストーリーが進んでいくにつれ、どんどんドラマチックにはなるものの、抽象的にもなっていき、リアリティは失われていく。まるで前半と後半が別々の作品であるかのようだ。僕にとって「AKIRA」の一番の問題はここだったが、とはいえ、全体を損なうほどでもない。 あとは、どうか自分の目で確かめてほしい。この「AKIRA」は、他の多くの作品に影響を与えてきた、いわばお手本のような作品の一つであることは間違いないのだ。観終えたあとは、おそらく僕と同じように言葉を失ってしまうことだろうが、それと同時に圧倒されてしまうようなあの感覚、それも味わってもらえるなら幸いだ。 ● 「テクノパンク」 評価:★★★★★★★★★★ 私は日本のアニメがさほど好きというわけではない。アニメーション映画そのものは好きだが、宮﨑を除けば、この東洋のアートフォームを特に好んでいるということはない。「獣兵衛忍風帖」も「攻殻機動隊」も私にとっては特に意味を持たない作品だった。 「AKIRA」は色々な意味で典型的アニメに見える部分もあるが、それでも他の作品とは別物だ。見事なアニメーションを誇る魅惑的な作品だった。アニメの世界にしばしば見られるソフトな性描写などもない。最後に観てからもう数年が経っているが、黙示録さながらのラストシーンはまだ目に焼き付いている。そして体からミルクを噴き出す狂ったテディベアのシーンも。この時、バックにはこれまで聞いた中で最も不気味な音楽が流れていた。 破滅後の世界が表現された作品には、私の心を強く惹きつけるものがある。例えばマッドマックス、ウォッチメン、スレッズなどだ。どの作品も私に強い衝撃を与えた。おそらくそれは、私が核拡散の時代に育ったからだろう。私はずっと第三次世界大戦を恐れていた。アフガニスタンの荒野を進むソ連の戦車の映像は、今でも私の心から離れない。「AKIRA」で描かれた終末の映像は、私が子供時代に感じていた恐怖を蘇らせたのだ。かなり個人的な話をしていることは自分でも分かるのだが、おそらく、私と同じような世代の人なら、多くが同じような印象を受けるのではないだろうか。 同様にテディベアのシーンも非常に恐ろしい。アニメーション映画の歴史の中でも最も恐ろしいシーンなのではないかと思うが、これはまったく目的が不明、意味不明だからこそ怖いという種類の恐ろしさだ。登場人物の一人が病室にいる。そこでぬいぐるみの動物たちが巨大化し始めるのだ。そして、その体中からミルクを噴き出している。その異様さ、それがなんのためなのか、さっぱり分からない。そしてそのバックでは、これまた異様な音楽が鳴り響く。今挙げた二つのシーンのためだけでも、この映画を観るべきだと思う。 ストーリーの方は、政府が秘密裏に行っている実験などが関わってくるもので、こちらもなかなか面白かったと記憶している。陰謀の香りが興味深さをかき立ててくれた。トータルでも素晴らしい映画だ。映画好きなら観るべきだし、アニメが嫌いな人が観ても、ちゃんと鑑賞に耐える映画であることに驚かされるだろう。 ● 「アキラの茎には棘があるが、花はとても美しい」 評価:★★★★★★★★★☆ 我々はなぜ映画が好きなのだろうか? 映画は単なるストーリーテリングの一形態に過ぎないのだろうか?もちろん、ストーリーを語る上で映画という形態が非常に優れていることは間違いない。しかし、映画とはそれだけのものだろうか?映画よりも伝統的なアート形式である絵画や彫刻はストーリーを語っているだろうか?音楽はどうだろう?ストーリーが無くても感動できるのではないだろうか?オペラはストーリーを伝えるだけのものではないと主張する人がいたとして、それがおかしな主張に聞こえるだろうか? 私は、映画には単にストーリーを伝える以上のものがあると信じている。映画が単にストーリーを伝えるものだとするならば、音楽は歌詞を伝えるためのものということになってしまう。歌詞がほとんど、もしくは全く存在しなくても素晴らしい音楽はいくらでもあるではないか。もちろん、ストーリーが存在しない映画を作るのは難しいのかもしれない。おそらく「抽象的」と言われてしまうことだろう。それは、観客がその映画に親密さを感じにくいからだ。人々がストーリー部分は根本的に必要なものであり、映画の基礎であると見なすおかげで、映画の中のアート部分が制限を受けるわけだ。しかしながら、制限を受けるのは仕方ないにせよ、映画はアート表現のためのメディアでありプラットフォームであるという側面もしっかり残っている。私が映画を鑑賞するときに、個人的に期待をしたり批判したりするのは主にその要素に関してであり、その他の要素はおまけに近いものなのだ。 「AKIRA」は1988年に公開された、大人向けのアニメーション映画だ。わざわざ「大人向け」という言葉を使ったのは、西洋では普通、アニメーションは子供向けのジャンルであり、「AKIRA」は明確に子供向けではないからだ。物語は2,182ページにも及ぶ重い内容のSF漫画をベースにしている。これを2時間の映画にするのは困難な作業だったはずだ。実際に、少々内容を詰め込みすぎているような感触もある。そのせいか、観客がキャラクターに感情移入する余地もあまり残っていないようだ。 私はこの映画を4回鑑賞した。最初に鑑賞したとき、序盤のストーリーには興味をそそられたものの、半ばほどで興味を失ってしまい、終盤ではなにがなんだか分からなくなってしまった。4回目は細心の注意を払いながら鑑賞したが、やはりストーリーの方は曖昧で、さらに詰め込み過ぎの印象も受けた。おかげで、特定のシーンでは理解が追いつかないこともあった。他人が「ついていけなかった」と語る映画でも、普通、私ならそんなことはない。しかし、「AKIRA」に関しては、私も明らかについていけていなかった。「AKIRA」について、大好きだと語る人と大嫌いだと語る人の真っ二つに分かれてしまいがちなのは、こうした要素が原因なのだろう。 ただし、先ほども言ったように、私にとってストーリーはおまけのようなものだ。植物に例えるなら、ストーリーは茎であり、その先にどんな花が咲いているかが重要なのだ。逆にストーリーさえ良ければ花が醜くても問題ないという人は、本を読めばいいのにと思ってしまう。私にとって、「AKIRA」は美しい花だった。アニメーションは、この映画が製作された時代を考えれば非常に感動的と言えるレベルだ。アート同士を比較するのはあまり好きではないのだが、1988年といえば、ディズニーが「オリバー ニューヨーク子猫ものがたり」をリリースした年で、翌1989年には「リトル・マーメイド」がリリースされた。これら2本の映画は、動きの面では決して平凡ではないものの、「AKIRA」と比べれば、そこに描かれているものは貧弱という以外にないだろう。 力強い光と影が極めてナチュラルに見えるように描かれた「AKIRA」のアート、そこからはアニメーターたちがいかに心血を注いで描いたかが伝わってくる。もはや神からの恵みと言っていいようなものだった。印象に残っているものを挙げると、例えば、バイクが光の軌跡を残して通過していくシーンがある。実写映像をシミュレートしたような見事なアニメーションだった。煙の広がり方も印象的だ。「AKIRA」には多くの爆発が描かれているのだが、どの爆発も煙が袋状に描かれていて、動きが実にリアルなのだ。ネオ東京の背景も実に丁寧に描き込まれている。 信じられないという人は、どうか「AKIRA」を同時代の他のアニメーション映画と比べてみてほしい。単なる技術的な話に聞こえるかもしれないが、作品全体にこうしたことの一つ一つが積み重ねられることで、アニメーションが別のレベルに引き上げられたという印象を受けた。もはや、これをカトゥーンと呼ぶのはふさわしくない。 「AKIRA」で私の期待を大きく上回ったもう一つの要素は音楽だ。あまり耳に馴染みのないサウンドだったが、これは単に文化的な違いなのかもしれない。ただし、サウンドの使い方が予想もしなかったようなもので、これがブレードランナーの世界に匹敵するネオ東京のイメージを一層盛り上げてくれる。 「AKIRA」は、好きな人と嫌いな人が極端に分かれる映画の見本のような存在と言っていいだろう。詰め込み過ぎで曖昧な脚本と聞き慣れないサウンド、見慣れない景色、特にポストモダン的に工業化された日本の映像に、文字通り混乱させられる人もいるかもしれない。あるいは、アニメーションに引き込まれ、音楽に魅了され、ストーリーにだって引き込まれる人もいるかもしれない。ただ、どちらに属することになるにせよ、アニメーションマニアは絶対に鑑賞しなければならない映画だ。映画愛好家にもおすすめする。 「AKIRA」を楽曲に例えるなら、音楽部分が音楽に聞こえず、歌詞しか認識できない人がいるかもしれない、そんな曲だ。なおかつ、その歌詞も支離滅裂に聞こえるかもしれない。だが、やはり映画と音楽は別ものだ。映画の中には、その中でしか存在できない美というものがあって、「AKIRA」の中にも、それは確実に存在する。 茎に棘はあっても、「AKIRA」の花は格別に美しく咲いていた。 (翻訳終わり) おすすめ度の平均: 一度でいいから大スクリーンで観たかった! 芸術的な大衆作品 今更ながらAKIRAに感動しました 今もって輝きを持つ名作 今も色褪せないクオリティ なお、次回の更新は 4月10日(金曜日) です。よかったら、また見に来て下さいね。
2020/02/14 15:55|日本の映像作品 |TB:0 |CM:19 |▲
今回は、映画「用心棒」(1961年公開・黒澤明監督)の海外レビューを翻訳しました。 宿場町にふらりと現れた浪人(三船敏郎)が、町を牛耳っている二つの組織を共倒れさせようと画策する…というこの物語、黒澤監督作品の中でも特に人気の高い作品の一つですから、あまり説明の必要はないでしょう。 海外では、特にプロの映画人たちに強い影響を与えた作品ですが、一般の映画ファンはこの作品を見てどのように感じたのでしょうか。今回は映画批評サイト「IMDb」からいくつかのレビューを抜粋して翻訳しました。なお、IMDbにおける「用心棒」のレビュー平均は8.2点(投票数102,698件)です。ネタバレが含まれていますので、作品未見の方は、どうぞご注意を。↓では、レビュー翻訳をどうぞ。
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● 「優れた映画監督が作った傑作」 評価:★★★★★★★★☆☆ 西部劇に対して贈られた黒澤明からのオマージュは見事な傑作だった。 三船敏郎が演じる主役の浪人が小さな町を訪れる。そこでは二人の親分がそれぞれの組織を作って縄張りを争っており、町は荒廃していた。浪人は二つの組織を共倒れさせるよう仕向けることに決めた…というのが出だしの大まかなストーリーだ。 「羅生門」や「七人の侍」など、黒澤の他の作品と比べれば、深みに欠けるところはある。しかし、全体として他の黒澤作品よりもエンターテイメント要素が多く、黒澤作品を初めて観る人にとって、とっつきやすいことも間違いない。同時に、すでに黒澤ファンになっている人を十分に楽しませる作品でもある。他の黒澤作品と同じく、撮影も実に見事だ。この映画の撮影術の素晴らしさは途方も無いレベルに達している。特に雨のシーンでの憂鬱な雰囲気をなんとうまく表現できていたことか。 三船敏郎の演技は、私見だが、この作品が彼にとっての最高傑作だと思う。三船は黒澤の監督する数々の名作に出演しており、そこでも見事な演技を見せてくれていた。だが、「用心棒」での演技に比べれば、他の作品は見劣りしてしまう。この作品では、三船は文句なしの「スター」だ。他の黒澤作品、特に「七人の侍」では三船以外のスターもいたし、「用心棒」でも三船以外の名優が出演してはいるものの、多くスクリーンに登場するのは圧倒的に三船だ。そして、演技の方も圧倒的だった。彼の演じる侍に真実味があったかどうかなど、議論する意味すらない。我々が目にしたあの侍が本物ではなく、役者の演じたものであったことすら信じがたいというレベルの演技だったのだから。 西部劇同様、「用心棒」にも個性的な登場人物が複数出てきて、作品を印象深いものにしている。彼らの役柄は決して目立ったものではないかもしれないし、三船ほど素晴らしい演技を見せてくれているわけではないかもしれないが、それでも全員が脇役としてはもったいないほどの仕事をしており、助演として素晴らしい貢献をしていた。 「用心棒」の影響は映画全体に及んでいると言っていいだろう。もし日本の偉大な巨匠である黒澤明が映画に興味を持たず、この作品が存在しなければどうなっていただろうか…などということは、考えることすら恐ろしい。彼の一連の作品が、どれほど多くのスタイル作りとジャンル形成に影響を与えてきたことか。驚きという他はない。もし彼が映画を作っていなかったら…というのは、考えも及ばない話なのだ。 黒澤の影響で誕生した映画として最も有名なものの一つは、セルジオ・レオーネ監督の「荒野の用心棒」だ。レオーネはこの作品で本格的に名前を知られていくことになる。レオーネも素晴らしい映画監督だが、黒澤がいなければ、我々がレオーネの存在を知ることはなかったかもしれない。そもそもスパゲティ・ウェスタン(日本ではマカロニ・ウエスタン)というジャンルでは「用心棒」の影響を受けていない作品のほうが少ないかもしれない。比較的最近では、「キル・ビル」のような作品ですら、「用心棒」の影響が明白だった。もちろん、「キル・ビル」という作品が生まれなかったとしても、それは映画界にとっての損失というほどではないかもしれないが、それでも「用心棒」の手柄の一つには違いない。 これはすべての映画ファンが観るべき作品だ。観逃すにはあまりに重要すぎる作品だからだが、それだけではない。105分間楽しめることが保証されている作品でもあるのだ。強くおすすめさせてもらう。 ● 「構図と影響」 評価:★★★★★★★★★★ 黒澤が短い撮影期間で成し遂げたことはまさに革命に他ならない。二次大戦後からベトナム戦争頃までのアメリカ映画は、大半がジョン・フォード/ジョン・ウェインの西部劇に代表されるような自己肯定的なステレオタイプに限定されていたものだ。黒澤がやったのは、まさにその逆のことだった。この映画に登場する侍は正義の味方ではない。むしろギリシア悲劇の登場人物のように、自らの致命的欠陥に苦しんでいる。この主人公を生み出したのは三船の卓越した演技力、そして黒澤の優れた演出能力だ。 前例のないビジュアル構成もこの映画の鍵の一つだ。必要な要素が一つのフレーム内に集められ、それらは二層か三層に配置されている。消失点は無く、すべての要素にピントがあっている。まるで日本の水彩画のような構図なのだ。各要素の遠近感を錯覚させられてしまうような感覚が面白い。主人公たちが窓越しに、外にいる登場人物たちの行動をのぞきこむシーンがまさにこれだ。主人公にも窓にも、外にいる人物にもすべてピントがあっている。「見られている」という感じがうまく表現されていて、実に印象的だった。 今挙げたのは一例に過ぎない。この映画を観終えた後、クリント・イーストウッドが主役を演じた「荒野の用心棒」、あるいは「スター・ウォーズ」、「キル・ビル」などを思い出してもらいたい。「用心棒」の影響なしには存在し得なかったシーンが数え切れないほどあることに気づくだろう。この作品の影響力は、映画の方程式を永遠に変えるほどのものだったのだ。 必ず見ておかなければならない作品だ。 ● 「名無しの男の原型」 評価:★★★★★★★★★☆ 黒澤作品の中では、日本で最も大きな商業的成功を収めたのが「用心棒」だ。批評家や映画ファンの中には、この作品はそれほど深みのあるものではなく、娯楽要素の強いアクション映画だったから商業的に成功したのだと語る者もいる。しかし、この一年足らずのうちに三回この映画を観た私としては、こうした意見には賛成しかねる。娯楽要素があって楽しめる映画であるということは確かだ。だが、黒澤明と菊島隆三が書いたこの映画の脚本には見かけより深い内容が表現されているのだ。 「用心棒」について、何よりもまず先に理解しておかなければならないのは、この作品がダーク・コメディであるということだ。黒澤はそれまでも陰気で気の滅入りそうな場面だからこそ生まれるユーモアを表現しようとしてきた。そして、その黒澤の願いが叶えられたのが「用心棒」なのだ。三十郎という主人公の侍が黒澤の代理人を務めていて、黒澤がやりたいことを三十郎が映画の中で実行してくれる。三十郎が現実に存在していそうな登場人物に見えないのは、そのせいなのだろうと私は解釈している。 三十郎のように謎めいていて無骨で、放浪中にほとんど自分と関わりのなかったことに巻き込まれていくという主人公は、映画の世界ではおなじみの存在だ。このキャラクターの原型は、黒澤が愛してやまないアメリカ西部劇の中にあったのだが、確立させたのは黒澤だ。そのため、「用心棒」以降、この三十郎に深く影響されて作られた登場人物はたくさんいる。たとえばクリント・イーストウッドが演じた「名無しの男」、あるいは「マッドマックス」にもこうしたキャラクターが登場する。 ストーリーに関しては、映画が作られた当時の日本の状況を意識して作られている。主人公の三十郎がたどり着いた町はひと気がなく、薄気味悪い雰囲気だ。この町は対立する二つの集団に支配されていた。それぞれの集団の中心にいたのは商人だ。商人たちは用心棒としてならず者たちを集め、ならず者たちは金のために商人を必要としていた。こうした図式は、経済がたくましく成長していた頃の日本社会を映し出している。企業家と政治家は日本に富をもたらす一方で、裏ではヤクザの助けを得ていたのだから。 黒澤は映画製作当時の「今」の状況に光を当てるために、あえて過去の世界を舞台にしたのだ。そして、今の世界に向けて語りたい哲学を表現させるために三十郎を使った、私はそう考えている。ある意味で、黒澤流に歴史を書き換えたのが、この「用心棒」なのだろう。日本の実際の歴史では、侍階級は存在感を失っていき、商人たちが台頭するようになった。しかし、黒澤の空想する歴史では三十郎を使うことで侍を墓地から呼び戻し、ならず者たちを一掃させ、町をきれいにさせるのだ。 この作品は撮影術も素晴らしい。望遠レンズを使ったシーンがかなり多く、格好いいショットが随所に散りばめられている。画面構成の見事さ、役者たちの配置の仕方に関しては黒澤に並ぶ者はいないと言っても良いくらいだ。ワイドアングルで撮影されたシーンについても黒澤と撮影の宮川一夫に畏敬の念を抱かずにはいられない。街角を捉えた屋外のシーンなどは実に見事だ。三十郎がならず者たちと対峙するシーンでは、機械で作られた風が非常に効果的に雰囲気を盛り上げてくれる。 アクションシーンの撮影に関しては、黒澤はかなりシンプルな手法を採る。多くの映画で見られるように、短いカットを次々に切り替えていくような手法は採らない。彼は対角線上に2台のカメラを置いて撮影し、あとは編集やカメラワークよりも役者たちの動きの方を全面的に信頼するというスタイルだ。 それから、なんといっても、スクリーンの大半を占める三船敏郎の存在感の大きさは見事だ。彼からにじみ出る重厚さ、そして力強さ。チャーミングで、頭の回転も早く、柔和でもありながら、必要に応じて凄まじく攻撃的にもなるという三十郎の役柄に矛盾を感じさせることなく演じきれているのだ。三船は男性的かつ強烈な個性を、この作品に残してくれた。彼がならず者たちの行動を操る姿、そして直接対決する姿は実に痛快だった。仲代達矢も三船の一番の敵役として心に残る演技を見せてくれた。目を輝かせながら、力の象徴ともいうべきピストルを誇示する彼の振る舞いも、三船同様、強い個性を感じさせてくれた。 「用心棒」は、黒澤が生んだ他の傑作「羅生門」や「赤ひげ」ほど複雑な作品ではないかもしれない。だが、「用心棒」には伝えるべきメッセージが込められているし、この作品について語られるべきこともまだ残されている。 黒澤の卓越した映画作りの能力が、映画というものを新たなレベルにまで引き上げてくれたのだ。必見の作品だ。彼が生み出した最高傑作の一つであることは間違いない。強くおすすめしたい。 ● 「人間は人間にとって狼である」 評価:★★★★★★★★★☆ 「人間は人間にとって狼である」という有名なラテン語のフレーズが、黒澤明の21番目の監督作品である「用心棒」を説明するのに相応しい。 「用心棒」は純粋かつ完璧な侍映画だ。侍映画に必要な要素は、外見上も内面に流れる思想もすべてが揃っている。侍映画の歴史は1930年代~1940年代まで遡れるが、この力強いジャンルが本当に確立されたのは1950年代前半で、ちょうど日本の映画が最初にヨーロッパで公開され始めた頃と同じ時期だ。それから現在に至るまでずっと生き続けているジャンルだが、「用心棒」は、疑問の余地なく全ての侍映画の中で5本の指に入る傑作だ。この優れた作品に登場する架空のキャラクターたちは皮肉まじりのユーモア、そして永遠の課題とも言うべき、人間の弱さを表現している。 ところで、侍映画というジャンルは西部劇との共通点も多い。アメリカの伝承から生まれたのが西部劇なら、日本の伝承から生まれたのが侍の物語だ。西部劇について黒澤はこう語ったことがある。 「良い西部劇は誰もが好きです。誰もが弱いので、好ましい登場人物と偉大なヒーローを観たくなるからですね。西部劇は繰り返し繰り返し何度も作られてきました。そして、その過程の中で確かな文法ともいうべきものが確立されていったのです。僕もその中から何かを学べたと思いますね。」 西部劇も侍映画も、共にそれぞれの国の歴史の中で重要な時代を舞台にしている。そして武器をとって戦うヒーローたちに焦点を当てている。そうしたヒーローたちは、時に社会の末端にいる者だったりすることもある。彼らが秩序を取り戻したところで、それが新たなより良い社会を作ることにはつながらないと知りつつも、武器をとって戦うのだ。「用心棒」の中でも、まさにこの通りの物語が展開される。 黒澤には、遠い昔の時代を舞台にして自らの物語を作る癖があった。これは封建的な制度を嫌う自らの思想がプロデューサーや映画会社重役たちを怒らせないようにするためだ。現代と直接結び付けられることなく、彼は大きなスクリーンで自由に自分の思想を表現することができた。だからこそ、彼は侍映画を熱心に研究したのだ。 「用心棒」のストーリーは、今となっては古典的と思える。ただし、それはこのストーリーが後に多数の作品に借用されてきたからでもある。例えば「荒野の用心棒」(1964)、「ラストマン・スタンディング」(1996)などだ。用心棒という日本語はボディガード、またはヒットマンを意味する言葉で、まさにこの映画の主人公のことを指す言葉でもある。ストーリーは以下の通りだ。 三船敏郎が演じる名もなき侍がある町にやってきた。そこにはやくざ者たちの組織が二つあり、日々、抗争を繰り広げている。侍はその片方に雇われることになった。だが、雇われているふりをしながら、侍は彼らを欺いていたのだ。侍の本当の狙いは二つの組織を共倒れさせることだった。騙されていることに気づいたやくざ者は侍を痛めつけ、監禁する。どうにか逃げ出した侍は身を隠しながら体の回復を待っていた。その間に抗争は激しさを増し、とうとう一方の組織が壊滅に追い込まれた。数日後、回復を遂げた侍は再び町に現れ、残るやくざ者達をすべて切り伏せる。そして彼は平和になった町を後に去っていく…。 主人公が訪れたのは善と悪が対立する町ではない。悪と悪の対立であり、主人公の侍はどちらに付こうとも、悪しか選択肢はないという状況だ。これは映画を観ている我々にとって、馴染み深い状況でもある。我々としては争いをやめさせたいのだが、力がなくて、それを実現させることはできない。だが、「用心棒」のヒーローは我々と違う。彼には悪と悪の間に立ち、争いを終わらせる力がある。黒澤にとってこの種の社会的行為は、彼の他の作品を観ても、非常に重要なテーマであるはずだ。だが、彼はあえて大げさに騒ぎ立てたりはしない。侍の行動の裏には、実は隠れた道徳観があったなどという描写も一切行わない。 「用心棒」が我々に見せてくれるのは「人間は人間にとって狼である」ということであり、人間の本来の姿は動物であるということだ。だからこそ、道徳的に正しい解決方法を探ろうということ自体、極めて馬鹿げたことなのだという現実を示している。さらにそこから生まれるユーモアをも感じさせてくれる。「用心棒」からのメッセージの一つは、完璧に正しい倫理観を通じて世の中を見つめることなどできない、ということだ。幸福と利益を価値の基準にするという考え方と同様、正しい倫理を基準にするという考え方も黒澤の世界の中では崩れ去ってしまう。 主人公の侍、三十郎は常に悪いことをしようとするわけではない。それは彼の美徳と言えるかもしれない。だが、それだけのことだ。彼は表面上良いことに見えても、実際は利己的な動機に基づく行動をとってしまうことだってある。一方の悪がもう片方の悪に勝つよう、彼が手助けする場面もあるが、それは連帯感からでもないし、道徳観とも無関係だ。そして自分の役目を果たし終えれば、彼は歩いて行ってしまい、全てを忘れ去るだけなのだ。彼の行動はギリシア悲劇に出てくる神に似ている。地上に舞い降り、務めを果たし、また去ってしまう。あるシーンでは、三十郎は高い火の見やぐらの上に登り、これから争いを始めようとするやくざ者達を楽しそうに見下ろしたりもする。彼にとって人間の営みは、単なる壮大なコメディなのだ。 こうした物語が、閉ざされ、単純化された世界の中で展開していくのだ。欲望はむき出しにされ、情け容赦無く、完璧に利己的かつ非倫理的な世界だ。やくざ者たちの残酷な姿は彼らの親分が息子を諭す時の「少しは人を殺してみせなきゃ、子分にもにらみが利かねえぞ。」という言葉に、最も明確に表れている。まさに動物の世界だ。 「用心棒」には、黒澤の自己風刺に近いのではないかと思えるシーンも時折ある。例えば、銃を持つ登場人物、卯之助は黒澤のニヒリスティックな世界観をよく表しているのではないだろうか。無邪気で好奇心旺盛な卯之助は、向こう見ずな行動をとる。腐敗した世界は、その教訓を彼の体に叩き込む。結果として、彼は自らの墓穴を掘る事になってしまうのだ。「用心棒」は純然たるジャンル映画だが、こうした個人的な視点や主観も強く盛り込まれた作品だ。 そして、実は人間が守るべき道徳についても語っている。もちろん、これまで書いてきたように、主人公は道徳的な人間ではない。「町をきれいにする」という彼の行動の裏に隠れた立派な動機があったりするわけではない。むしろ彼はシニカルで哀愁を漂わせ、道徳心などは明らかに欠けている。ただ、そんな主人公の姿を動物的な世界の中で強烈に見せつけられるからこそ、ここに欠落した道徳心、そして人とはいかに生きるべきかというテーマが観客の心に強く浮かび上がらざるを得ない。そして、それでも三十郎のような存在を必要とする我々の弱さと矛盾にも気づかずにはいられないのだ。 「用心棒」は人間の本質、そして道徳心と倫理的なジレンマを描いた壮大な作品である。 (翻訳終わり) なお、次回の更新は 3月14日(土曜日) です。よかったら、また見に来て下さいね。
2020/01/17 14:59|日本の映像作品 |TB:0 |CM:44 |▲
今回は、映画「たそがれ清兵衛」(2002年公開・山田洋次監督)の海外レビューを翻訳しました。 幕末の庄内地方を舞台に下級武士:井口清兵衛(真田広之)の姿を描いた本作、時代劇でありながら立ち回りのシーンなどは少なく、どちらかといえば地味な映画ということになるでしょう。 そのせいか、海外の一般的な人気はそれほど高い…とまでは言えないものの、主に映画通の人々からは高い評価を受けています。米アマゾンのレビュー平均は5点満点中4.4点、点の辛い映画批評サイト「IMDb」でも、10点満点中8.1点を獲得しています。ちなみに、IMDbにおける「七人の侍」のレビュー平均は8.6点、「用心棒」は8.2点ですので、「たそがれ清兵衛」は「用心棒」に迫る高評価ということですね。 今回翻訳した海外レビューも、IMDbから抜粋しました。海外映画ファンが「たそがれ清兵衛」のどのようなところに惹かれたのか、どうぞお確かめ下さい。なお、ネタバレが含まれていますので、その点にはご注意を。↓では、レビュー翻訳をどうぞ。
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● 「叙情的傑作」 評価:★★★★★★★★★★ 私たちの生活や意見、態度に影響を与える映画に出会うことはめったに無い。私たちはハリウッドが作る過去の大ヒット作の続編、あるいは前編、またはリメイク映画の絶え間ない「攻撃」にさらされている。これらの映画が伝えたいのは、どうやらこの世の中には少なくとも週に二回ほどの頻度で世界を救ってくれるスーパーヒーローが至るところにいるらしい、ということのようだ。 例外的な映画監督もいるにはいる。例えば「シン・レッド・ライン」を作ったテレンス・マリック、「ヒート」のマイケル・マン、「マグノリア」のポール・トーマス・アンダーソン、「カリートの道」のブライアン・デ・パルマなどだ。だが、彼らのような稀な例外を除けば、最近のアメリカ映画界には魂の奥深いところまで深く掘り下げた作品を撮ろうとする監督がいない。 しかし世界の他の国からは、時々、深く信頼できる映画が登場する。我々の魂を揺さぶり、価値観や日々の暮らしにおける優先順位を見直さざるを得ない気持ちにさせてくれるのだ。この「たそがれ清兵衛」もそんな映画の一つで、観終えた後になんと言っていいのか分からなくなるほどの傑作だ。今の映画の観客は、五感全てを刺激するような特殊効果(魂だけはまるで刺激しないが)に慣れきっている。そんな観客たちは、この「たそがれ清兵衛」の出だしでちょっとしたショックを受けることになるだろう。この監督(山田洋次)には、アクション満載のメロドラマを見せて観客を甘やかすつもりなどまるでないことに気付かされるからだ。 ヒーロー戦士の代わりに我々が目にするのは井口清兵衛という下級武士だ。彼は妻に先立たれ、収入も乏しい中、二人の娘と高齢の母親を養うべく懸命に奮闘している侍なのだ。やがて彼の幼馴染の上品な女性が登場する。観客は清兵衛の生活にもようやく光が射したのではないかと期待する。しかし、彼はその女性に強い想いを抱いているにもかかわらず、彼女になんの説明もすることなく、彼女を拒絶してしまう。実際は、彼の少ない収入では彼女に見合った暮らしをさせてあげられないと考えていたからなのだが。しかし、映画が終わりに近づくにつれ、西洋人の価値観では哀れな敗者に見えた主人公が、実は真のヒーローだったことに気づいていくのだ。 運命の意外な展開にさらされ、人生はバラ色でないことに気づいた主人公は、宿命論者的な忍耐強さ(禅宗の影響は明らかだ)で自らの運命を受け入れる。己の名誉を失うようなことだけはするまいと自分に言い聞かせながら…。 主人公、清兵衛は実に堂々としたキャラクターだが、それは彼が不自然なほどに強く勇敢であったり、完璧な人間であったりするからではなく、ほとんどの人間には達成できそうもないほどの高い道徳基準を自らに課しているからだ。彼は命じられたことに疑問を持ちつつも、結局は男としてやるべきことをやる。そして同時に、そんな彼の姿は観客に「今の時代にもこんな人は実際にいそうだぞ。」と思わせてくれるものでもある。めったにいないかもしれないが、美徳が逆に重荷になりそうな現代であっても、こんな人がどこかに存在しているのではないかというリアリティ、そして希望を感じさせてくれるのだ。演技やカメラワーク、音楽と同様に、山田監督の仕事も繊細で素晴らしいものだった。 残念ながら、我々の現在の生活の中では、慎み、名誉、忍耐などという言葉は無意味なものになってしまっている。もしあなたがこれらの言葉の本当の意味を知りたいと思うなら、どうかこの映画を鑑賞して頂きたい。 ● 「たそがれ清兵衛はあっさり恋に落ちてしまう映画」 評価:★★★★★★★★★★ 侍が消滅してしまう前、封建時代の日本をリアルに描いた作品なので、どうしても「ラスト・サムライ」と比較せずにはいられない。「ラスト・サムライ」も渡辺謙の演技は大好きだったが、あそこにトム・クルーズがいるのはどうにもイライラしてくる。映画の流れを邪魔するクルーズさえいなければ、もっと素晴らしい映画になっただろうに…、とも思う。 「たそがれ清兵衛」を観たのは「ラスト・サムライ」の後だ。私は嬉しい気分になった。「ダンス・ウィズ・ウルブズ」を思い出してしまうのは「ラスト・サムライ」と同様だが、「清兵衛」の方が、より生々しく封建時代の苦労を描いているのだ。主人公の清兵衛は驚くほど向こう見ずでもなければ、あらゆる攻撃を巧みにかわしたり、何万人もの敵を葬り去ったりするわけでもない。それでも、彼は本物のヒーローだった。 極めて本物らしい中世日本の風景もすばらしかった。人によっては物語の展開がスローに感じるかも知れないが、観始めてすぐ清兵衛に心を奪われてしまうから退屈さは感じない。清兵衛は時々周りから物笑いの種にされる下級武士で、彼のいる時代を考えれば非常に型破りな考えを持っているものの、本来は穏やかで素朴な男だ。 登場人物たちが表現する愛情も(ロマンスとは書いていないことに注意してほしい)、どれも本当に彼らの心から発せられたもののように感じられる。清兵衛とヒロインである朋江の間で甘い言葉がささやかれるようなことはほぼないが、そこがまた中世日本らしさを感じさせる点だ。家族との暮らしぶりも、彼の気乗りしない素振りや謙虚さも、全てが本物だった。アクションシーンではスローモーションになることもなければ派手な音楽で盛り上げようとすることもない。それでも、私の目は画面に釘付けになっていた。これぞ私の望んでいた映画だ。 そして美しい映画だ。楽しい登場人物もいる。この映画を観る人は、ラストシーンでありとあらゆる感情を味わうことになるだろう。怒り、清兵衛への恐れ、安堵、さらに愛情も。そして完全に映画が終わった時、自分の思いをすぐ言葉に出せない、なんとも言えない気持ちになるはずだ。 演技とは何か、監督するとはどういうことなのか、それらを高いレベルで目に見えるものにしてくれたのがこの映画だ。 ● 「我慢が必要だが、静かな満足感が得られる作品」 評価:無 主人公の井口は下級武士だ。結核で妻を亡くしたため、年老いた母親と幼い二人の子供の面倒を自分で見なければならない。さらに彼は城内で蔵の管理と経理を任されており、自らの楽しみを見出す余裕などないまま長年働き続けているのだ。彼にとっては、ただ生きていくことすら大変であるため、井口は仕事に集中し、剣術の腕を磨くことはおろそかになっている。 ある日、幼馴染の女性である朋江が井口の家に現れ、彼女との関係が始まる。彼女の存在は井口の暮らしに光をもたらしてくれた。彼女との関係がより深まることを願う井口だったが、いざそれが現実のものになろうという時、彼は自らを価値のない人間だとみなし、身を引いてしまうのだ。 刀を使った魅力的な戦いが見られるものと期待していた人もすぐに理解できるだろう。我らの主役が就いているのは侍としては行き詰まりの会計職であり、彼はあくまで家族を養うためにそこであくせく働いている。名誉ある死などは、彼の気持ちの中にまるで存在していないのだろうということを。 映画の中に戦いのシーンが二つあるとはいえ、作品が焦点を合わせているのは井口という人間そのものだ。彼の娘が昔の父の姿を振り返るという形でストーリーが語られていく。我々が目にするのは妻と前途を失った男の姿だ。エキサイトするようなシーンは稀にしかない。しかし、抑制された雰囲気の中、実になめらかに物語が進んでいく。観客の心を力強く掴んで片時も離さないようなものではないかもしれないが、主人公と同じ場所にいて彼の姿を見つめているという感覚は心楽しいものだった。 おそらく主人公は人生に傷ついている。ただ、だからといって、彼は今の自分の状態を進んで変えていこうとしているわけでもない。ここまで読んで、もしかすると、これは退屈な物語ではないかと感じたかもしれない。確かに物語の進むペースはゆっくりだ。だが同時に、主人公と一緒にこの物語の世界にこのまま身を置いていたいと感じさせる魅力も確かにある。 そう感じさせる大きな理由の一つは、主人公を演じる真田広之の確かな演技だ。彼はこの役柄をよく理解していて、自分の居場所でつつましく暮らす男の姿を見事に表現している。それは現代の苦悩と通ずるものではないのかも知れない。だが、彼には他の役者では表現できなかっただろうと思われるものを表現できる力がある。真田が演じる主人公の存在するのは過去の世界だ。だが、彼には現代にいる私を強く引き込む力がある。 宮沢りえも、同様に良かった。彼女の演じるキャラクターは真田の暮らす世界を明るいものにしてくれることが求められているのだが、それを生き生きと演じてくれた。逆にそれとは対照的な一面も見せてくれて、うまくやっていたと思う。山田監督もその才能を遺憾なく発揮していた。あの能力は彼の財産というべきだ。セットと衣装からは舞台となる場所と時代の雰囲気を感じることができた。撮影技術に関しては、作品全体で暗さというものを効果的に活用しているように思える。単なる暗さではなく豊かさを感じる闇とでも言えばいいのだろうか、暗さの使い方は印象に残った。 全体をまとめると、スローではあるものの、同時に引き込まれる作品だった。この成功は井口というキャラクターの素晴らしさ、そして真田の演技力によるものだ。複数の要素がゆっくりと前進していき、それがつながってしっかりした物語になっていくというタイプの作品でもある。 アクションを期待している人々にとっては我慢を求められる作品だろう。だが、どうか敬遠することなく観てもらいたい。理解が深まるにつれ、静かな満足感が得られる作品なのだから。 ● 「たそがれ清兵衛について」 評価:★★★★★★★★★★ この一年以内に観た映画の中で一番のお気に入りだ。慎み深い主人公になりきった真田広之の演技には人をグッと引き込む力がある。彼の幼馴染でありロマンスの対象になる宮沢りえ、主人公の子どもたちの演技も良かった。 この映画の特徴は、侍映画のステレオタイプを全て無視していることだ。華々しい合戦の代わりに描かれているのは封建主義が崩壊しつつある日本で生きる侍の生々しい日常の姿、そして親孝行などの文化的伝統や彼らの属する階級から生じる義務だ。 剣を使った戦いのシーンも二つある。ここはリアリズムにこだわり抑制的に描かれていたので、より力強く感じられたものだ。かつて武術を学んだことがある私としては、真田が久しぶりの戦いに備えて準備をするシーンに最も興奮した。本当に体中をアドレナリンが駆け巡るような感覚だった。長年、実質的に農民に近い生活をしていた彼が元の侍に戻ろうとする姿には実に真実味があった。 まだまだこの作品の魅力を語り続けることはできるが、すでに他のレビュアーたちがうまくまとめてくれているようだ。とは言え、宮沢りえの魅力については語らずにいられない。彼女は社会的制約から逃れて自由をつかもうとする女性を演じているのだが、それは真田の行動をうまく引き立たせてくれたと思う。物語の後半、彼らは自分たちでどうすることもできない力によって翻弄されてしまうのだが、その悲劇が心痛むものになったのも、彼女の魅力があったからこそだろう。 映画の終わり方は、ありがたいことに予測を裏切る幸せなものではあったが、主人公たちに肩入れするあまり、私は涙を流していた。余計なものは、エンディングクレジットと共に流れる井上陽水のひどい歌だけだった。 私は人生の喜びや苦悩を味わうリアルなキャラクターを見ると過剰に肩入れしがちな人間であることは、一応認めておく。私に言えるのは、「トム・クルーズ、あんたはもうおとなしくしてろ。」ということだけだ。 ●「永遠の愛だけが生き残る」 評価:★★★★★★★★★☆ 私はもう5回かそれ以上、この映画を観たと思う。その理由は簡単で、黒澤明、小津安二郎、溝口健二という三人の監督の作品スタイルをたった二時間で全て味わうことができるからだ。「たそがれ清兵衛」では、彼ら過去の偉大な三監督のスタイルを、山田洋次というもう一人の偉大な監督のレンズを通して鑑賞できる。そして山田監督が我々に見せてくれるのは、価値ある人の生き方だ。シンプルで決して野心的ではないが、永遠に心に残る作品かもしれない。 この映画のセットは黒澤の「用心棒」に近いように思える。ただ、これはあくまで背景の話だ。そして主人公の侍、清兵衛も「用心棒」の三十郎と同様に孤立した存在ではあるが、一つ違いがある。彼には家族がいるのだ。この侍は妻を病気で失い、一家は貧しく、二人の幼い娘を育て、高齢の母親の面倒も見なければならない。こうした要素は小津安二郎が好みそうだ。他にもこの「たそがれ清兵衛」では女性の登場人物が重要な役割を果たすのだが、それはまるで溝口健二の比較的初期の作品「浪華悲歌」や「祇園の姉妹」のようだ。 我らのヒーロー清兵衛は、かつての幼馴染であり、前の夫と離婚した朋江に愛情を感じていくのだが、その描写はどうしても溝口を思い起こさざるを得ないし、七人の侍で描かれていた若き侍と村娘との恋愛のような雰囲気もかすかに感じる。また、朋江の振る舞いには小津作品に登場する多くの女性(例えば「東京物語」の紀子)のように母親的な優しさが見える。 物語の進め方は実に見事だから、我々は主要な登場人物の思いを自分のことのように感じられる。主人公の抱く不安も彼の抱えた義務の重さも、そして愛情も。一方、主人公にとって障害となるのは、小津作品同様に、社会における自らの立場だ。清兵衛の気持ちの純粋さと彼に求められる厳格さとの対比が、侍である彼の背負った義務の重さのせいで、より鮮やかに浮かび上がってくる。 映画の終わり間際に、ここが監督の表現したかったことだろうと思われるシーンがある。普通の侍映画とは決定的に異なるシーンだ。清兵衛が自らに課せられた義務を果たすために戦っているとき、愛する女性のことは彼の頭から消えていた。しかし、戦いを終えた彼が戻ってくると、その女性は清兵衛のことを待ってくれていたのだ。やはり仕事を終えた時、男には守るべきものがあるべきだ。このシーンを見て、あらためて強くそう感じた。義務は必要なものではあるが、一時的なものに過ぎない。愛情はその人次第であるとはいえ、永遠に続くものなのだ。 この映画のラストで、年老いてしまった清兵衛の末娘が清兵衛の墓に花を捧げるシーンがある。その頃、もう日本は変わっていた。侍の国から工業の国へと変貌を遂げていた。清兵衛の果たした義務はもはや過去の一部になっている。だが、愛情と献身の記憶はそうではない。それは永遠なのだ。 (翻訳終わり) なお、次回の更新は 四週間後の金曜日(2月14日) です。よかったら、また見に来て下さいね。
2019/11/22 15:55|日本の映像作品 |TB:0 |CM:42 |▲
ご無沙汰しております。長らく更新をお休みしていましたが、また再開いたします。更新休止中にも見に来て下さった方、メッセージを下さった方、どうもありがとうございます。またご覧頂ければ幸いです。 今回は、映画「ゴジラ」(1954年)の海外レビューを翻訳しました。 「ゴジラ」と言えば、説明は不要でしょう。1954年の公開以降、国内外で計30本以上の続編があり、今年になってからも海外版の「ゴジラ キング・オブ・モンスターズ」が公開されて人気を集めているのですからね。 海外にも強い支持者を持つこのシリーズ、今回は映画批評サイト「IMDb」に投稿された初代ゴジラのレビュー(投票数:26,416件、平均点:10点満点中7.6点)を翻訳して、海外ゴジラファンの声をお届けいたします。↓では、レビュー翻訳をどうぞ。 ※ 2019/12/25:次回更新日時を変更しました
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● 「最も重要な映画(私にとって)」 評価:★★★★★★★★★★ これは私が映画業界で働くきっかけを作ってくれた映画だ。鑑賞した当時の幼かった私にとっては、過去最高の映画だった。何度も何度も繰り返し観たものだ。そびえ立つような巨大な怪物に怖れを抱きながら、同時に強く惹きつけられた。心底恐れを感じ、憂鬱にさせられながら、熱くさせられもした。とにかく私の感情は激しく揺さぶられたのだ。ゴジラの登場する悪夢を何度か見ることになってしまったものだが、同時にこの映画のすべてを愛してもいた。後になってゴジラには続編があり、何本もの作品があることを知った時には狂喜したものだ。 今でも、スクリーンに登場するこの「ビッグG」のことはずっと愛している。ただし子供時代の私は、この作品の本当のメッセージは理解していなかった。その後、成長するにつれ、ゴジラが放射熱線を吐く単なる巨大モンスターでないことに気づいていった。 ゴジラは戦争の象徴だったのだ。このモンスターを生み出したのは我々であり、我々を破壊していたのは、実は我々自身だった…。そのことに気づいた時、ゴジラは私にとって真の傑作になった。 ● 「巨大な傑作だ!」 評価:★★★★★★★★★☆ 1933年の「キングコング」と共に、このオリジナルの「ゴジラ」も最も重要なモンスター映画だ。そして、すべての映画愛好家が少なくとも一度は鑑賞するべきと思える数少ないホラー映画でもある。 なぜかって? もちろん、この映画には安っぽいモンスター映画をはるかに超えるものがあるからに決まっているだろう!この映画は黙示録さながらの暗いSFの形を取りながら、核と新たな兵器への恐れが表現されているんだ。と言っても、私としてはゴジラの裏側に隠された深い意味に入り込むつもりはない。一番大事なのは、体にアドレナリンが駆け巡る圧倒的なアクションシーンを鑑賞することなんだから。理論武装をしてから観る必要なんて一切なしだ。 私がこの映画を深く愛する多くの理由の一つ(キングコングにも共通している)は、我々が見たくてたまらない巨大モンスターを目にするまで、長々と退屈なスピーチを聞かされたりして延々と待つ必要がないからなんだ!ゴジラの記念すべき初登場は、映画開始からたったの20分後だ。そして、そこから楽しくも忙しい狂乱のモンスター・パーティが始まるぞ! ただ、最初はちょっと不満を感じるだろう。というのも、ゴジラは海から来ることになっているので、最初の舞台は島だからだ。だが安心してもらいたい。ゴジラはすぐに大都市東京へ向かってくれる。もちろん、ヤツはあの圧倒的パワーと放射熱線で東京を破壊したくてたまらないからだ!そしてゴジラは期待通り日本の首都、東京で思う存分暴れまわってくれる。建物を破壊し、街を火の海にする姿は実に印象に残る。まさに伝説的なレベルだ。 モンスターのコスチュームを身に着けた役者は非常に良い仕事をしてくれた。個人的にはコンピュータで作られた特殊効果よりずっと好ましい。注意深く再現されたであろう東京のミニチュアセットにも魅力がある。そしてあの力強い音楽も忘れちゃいけない。あのおかげで、ゴジラの恐ろしさも一層引き立つというものだ。スタッフたちはみんな最高だ! ゴジラには山のように続編があるが、それも初代のゴジラがあれほど素晴らしい作品だったからこそだ。それらの続編も観ていくつもりだが、どの程度期待していいかは分からない。まあ、初代ゴジラの半分くらいの出来であってくれたなら、十分満足できるんだが。 ● 「ゴジラ:圧倒的な日本映画」 評価:★★★★★★★★★★ この作品は傑作だ。昔からゴジラシリーズの大ファンで、この初代ゴジラを観たのは12歳くらいのころだったと思う。心から感銘を受けた最初の作品だった。その頃、周りの友だちは日本について知っているのはポケモンくらい、観ている映画は普通のハリウッド映画くらいといったものだったんだが、僕はその時すでに良い映画を見極めるセンスを持っていたわけだ。最近になってからもう一度ゴジラを鑑賞したけれど、最初に観た時の強烈な印象は何も失われていなかった。 この映画はすべてが完璧だ。まずはあの独特の雰囲気。映画の出だしは最高のホラー映画としての価値がある。観客が目にするのは破壊、恐怖、苦しみ、そしてこれから何が起こるのか分からないもどかしさだ。観客は身を乗り出してスクリーンに釘付けにならざるを得ない。そしてゴジラが登場した時の、背筋が凍るようなあの感覚。この醜い巨大生物は、たとえ外見が似通っていようとも、平凡なアメリカ映画に出てくるモンスターとは比べ物にならないほど恐ろしい。 この映画のもう一つの強みは役者たちの演技だ。風変わりで孤独な芹沢博士は、最後には温かい心を持つヒーローとなる。このキャラクターは実に印象的で、芹沢博士を演じる平田昭彦の演技には心をつかまれた。最後は泣きそうな気持ちにさせられたものだ。好奇心旺盛だが頑固者の山根博士を演じる志村喬、そして彼の美しい娘を演じる河内桃子も素晴らしい。これに宝田明が演じる尾形秀人が加わった4人の関係は、とてもうまく描かれている。彼ら4人を結ぶのは単なる愛と尊敬ではなく、もっとずっと深いものがあるんだろうなと感じさせてくれるんだ。 彼らが登場するのは1時間半ほどに過ぎないが、同時代の3時間や4時間のハリウッド映画に登場するキャラクターたちよりもよっぽど本物らしくて、多様で、強い印象を残してくれる。日本のほうがはるかに先へ進んでいたようだ。また、通常とはだいぶ異なる見せ方ではあるけれど、日本文化の一端を垣間見せてくれるという意味でも興味深い作品だった。また、この時代の作品としては特殊効果も優れていたし、それをとらえるカメラワークも実に緻密かつアーティスティックなものだったと思うね。 東京湾に現れたゴジラは電車を破壊し、送電線を断ち切り、長い時間をかけて組み立てられたであろうミニチュアの街を一瞬で踏み潰してゆく。個人的にはゆっくりと倒れていく塔の描写が好きだったが、これらのシーンはどれも強烈に心に残った。忘れがたさという意味では、今の技術を使っても、これほどのものを作り出すことは出来ないだろう。 第二次世界大戦の直後で戦争の記憶が生々しく残っていた頃だったからこそ、こんなマジックを生み出せたのかもしれない。また、サウンドトラックも忘れちゃいけない。暗く不気味な音楽だけど、同時に堂々としていて、どこか威厳のようなものを感じるメロディでもある。そして、一度聞いたら耳から離れない。だからこそ、何十年もの間、繰り返し繰り返し使われ続けてきたんだろう。モンスターの叫び声も、同じように耳に残り続けている。 この作品は四部構成になっていて、互いのバランスも良い。最初は大惨事を扱うホラー映画として始まり、続いて科学と政治を扱うシリアスなドラマになり、次には凄まじい破壊が描かれる。そして最後は人間性と哲学的なメッセージで締めくくられるわけだ。 4つの素晴らしい映画を1つにまとめたこの傑作には、退屈する瞬間がない。僕は毎月観続けることだってできる。まだ観たことがない人はぜひ観るべきだね。あなたの傑作リストに新たな一本が加わることは確実なんだから。 ● 「嬉しい驚き」 評価:★★★★★★★☆☆☆ 授業でゴジラのオリジナルを観ることができて、とっても興奮したよ。まあ、特殊効果が陳腐なものだったと感じたことは認めざるを得ない。とは言え、僕が特殊効果について語るのは適切じゃないのかな、とも思う。僕は映画学校に通っているから、最先端技術を駆使した映像を普通の人よりはるかに見慣れている。そんなわけで、ゴジラの特殊効果を安っぽいとか言うのはアンフェアかもしれない。 この初代ゴジラは単なるモンスター映画ではなく、ドラマからサスペンスまで幅広いジャンルをカバーしている。トーンは終始一貫して暗く悲劇的だ。そんな中、キャラクターの三角関係は実に効果的な味付けをしてくれている。全体としても役者たちは内面の葛藤を非常にうまく表現できていた。 そしてなんと言っても素晴らしいのは、今に至るまで続く長いシリーズをここで確立させたということだ。映像で反核兵器のメッセージを表現できたことも素晴らしい。今の時代にも十分に通用するメッセージだ。ゴジラは人間の無知と油断を象徴するものだが、そういった意味では、監督の本多 猪四郎は本当の意味でのグロテスクなモンスターを作り出してくれたのだと思う。その視点から見ると、最近の作品に出てくるゴジラは初代ほどには生々しくも感じられないし、恐ろしくもない。街を破壊するモンスターを真剣に受け止めようという気持ちになかなかなれない。 ただ、これほど長い旅を続けて大きな支持を受けているゴジラについて、僕なんかが批判めいたことを言うのもどうかな、という気持ちがあるのも確かだ。少なくともオリジナルのゴジラは、世界で最も認知された日本文化のシンボルだった。そして、その地位に値する存在だとも思う。改めて、監督の本多猪四郎は素晴らしい仕事をやってのけたのだと感じる。 最近のゴジラだって、やっぱり最初のゴジラがあってこそだし、ゴジラは後に続く他のSF映画の基礎ともなった。僕は皆に鑑賞されるべき作品だと思う。最近のゴジラを観たことのある人は多いだろう。でも、このモンスターがそもそもどこからやってきたのか、どれほど長い道のりを経てここにいるのか、ぜひ自分の目で確かめるべきだ。 ● 「緊迫感があり、よく練り込まれた物語」 評価:★★★★★★★★☆☆ ゴジラが初めてにこの世界に解き放たれたのは1954年、もう60年以上も昔の話だ。ゴジラは一つのジャンルを作った作品だった。そして、同じジャンルの他の作品を評価する基準にもなった。公開当時の時代を反映した作品でありながら、同時に時代を超えて人々の心をとらえ続ける稀な作品でもある。 数あるゴジラ映画の中でも最高なのが、この初代ゴジラだ。モンスターの全体像を見せるまでにかなりの時間をかけるという手法も興味深く、スピルバーグがジョーズで同じことをやったのは、ゴジラから20年も経った後だ。今の映画でも、この手法は観客の緊張感と期待を高めるうえで非常に効果がある。物語を積み重ねた上でようやく登場したゴジラの全体像は、これぞ本物の驚きと言えるものだった。 強烈な印象を残すゴジラだが、実際にゴジラが登場するシーンの長さは、映画全体が100分未満であることを考えても、実はかなり短い。モンスターの存在感を高めるために登場シーンを長くするのではなく、逆に短く抑えるというやり方は実に面白い。 この映画は、あの時代としては素晴らしい特殊効果でも人々の記憶に残っている。もちろん、今日の映画と比べれば時代遅れには違いない。ゴジラは明らかに着ぐるみをつけた人間だし、ミニチュアを使ったセットも、万人を納得させられるようなものではない。とはいえ、あの時代において印象的なものであったのは確かだ。製作者たちが試みたのは、観客が想像力を働かせられる映像を提供することだ。そして結果として、観客の頭から離れない伝説的な映像が出来上がった。さらに、足りないものを埋め合わせるだけの物語もあった。 ゴジラはモンスターが暴れまわる映画であると同時に、暴走した科学技術と、そこから生まれた結果を描いたものでもある。これはある意味、映画が製作された時代が反映されたものでもあるのだろう。第二次大戦末期、アメリカは日本に二発の核兵器を投下した。また、通常兵器による大規模な爆撃も行った。この映画は、まだその余波が残る頃に作られたのだ。また、冷戦の初期段階において核実験が繰り返されていた時期でもある。この映画はその時代の感覚が強く感じられるものになった。そして感情を掻き立てる力もある。こうした要素が、同じジャンルの他の作品から感じられることはほとんどない。 この要素のおかげで、ゴジラは驚くほど知的な映画にも感じられる。同じ1950年代にイギリスのBBCによって制作されたナイジェル・ニール脚本の「クオーターマス・シリーズ」にも匹敵するシナリオだ。両者に何らかの具体的な関係があるとは思っていないが、世界を襲う恐怖に科学で立ち向かうという点において、両者のシナリオはかなり似通ったものになっている。 ゴジラの基本的なアイデアは、失われたはずの古代の力が科学の発達によって今の世によみがえり、現代の世界を恐怖に陥れる…というものだが、これもニールの脚本に極めて近いものを感じる。そして脅威の正体を見極めようと努力する科学者が登場し、権力者たちと衝突するというのも、やはり「クオーターマス・シリーズ」を思い起こさせる部分だ。実際、1950年代のその他のSFには比較的頻繁に登場した要素でもあった。だが、ゴジラほど思慮深い作品になっているものは稀だ。 おかげで、ゴジラは時代を反映した作品でありながら、同時に時代を超えて鑑賞され得る作品となった。過去の恐怖が現代に甦るという要素は決して今も色あせていないものだし、原子力もまだ我々を脅かし続けているではないか。 ゴジラにどう対処するかという議論は、ある脅威をストップさせるために、さらに恐ろしい兵器を使うことが正当化されるのかということでもある。これは冷戦時代の軍拡競争を思い起こさせるだけではない。無人機による戦争行為は許されるのか?大量監視社会は許されるのか?つまり「結果は手段を正当化できるのか?」という現在の我々が抱く根元的な疑問とダイレクトに繋がりを持っているのだ。 だからこそ1954年に作られたゴジラは、公開当時同様、今も観るべき映画としての価値を持っており、数多くの続編やリメイクが作られた後でも独創的な映画としての地位を占めているのだ。この映画はとてもよく練り込まれたSF作品であり、今後数十年は鑑賞し続けられるだろうと思う。 (翻訳終わり) なお、次回の更新は 1月17日(金曜日) です。よかったら、また見に来て下さいね。
2019/05/17 15:55|日本の映像作品 |TB:0 |CM:55 |▲
今回は、以前から頂いていたリクエストにお応えして、伊丹十三監督作品「タンポポ」(1985年)の海外レビューを翻訳しました。 自分の店で美味しいラーメンを出そうと奮闘する女性店主タンポポの姿を描いたこの映画、海外での影響力はなかなか強かったようで、この作品をきっかけに日本文化を学ぶようになった人もいれば、アイバンラーメンの店主のように、ラーメン店を開業するまでになった人もいます。当ブログでは海外のラーメン店レビューをよく翻訳していますが、ここでも「タンポポ」の影響がうかがえるコメントはよく見かけますよ。 今回は映画批評サイト「IMDb」に投稿されたタンポポのレビュー(投票数:13,277件、平均点:10点満点中7.9点)を翻訳しました。↓では、レビュー翻訳をどうぞ。 ※ 6/7 訂正:次回更新日時を6月7日から未定に変更しました。
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● 「最高だよ!」 評価:★★★★★★★★★★ 驚くほど素晴らしい作品だった。僕は映画学校の生徒だからかなり多くの映画を鑑賞してきたけれど、この映画は最高だ。みんなが笑うオースティン・パワーズのユーモアなんて、この映画のユーモアに比べれば存在しないも同然だと思う。 僕のように奇妙なユーモアのセンスを持つ人ならば、この映画は大好きになるはずだ。スパゲティ・ウェスタン(マカロニ・ウェスタン)の偉大なパロディで、行き当たりばったりに展開していく感覚が実に楽しい。 僕は初めてデートする相手にこの映画を観せることにしている。相手が頭の古いタイプかどうかをチェックしたい時にうってつけの映画だということは保証するよ。映画の最初の頃には、みんなある程度笑ってくれる。でも、映画が終わる頃には、意味が分からずポカンとしているか、あるいは満面の笑みを見せてくれるか、キレイに分かれるからね。 そろそろ、これがどんな映画か確認したくなってきたんじゃないかな?どうか、この映画を手に入れてもらいたい。そして「最高の作品の目撃者」の一員に加わってもらいたい。過去最高の作品とまで言えるかどうかはともかく、比較的最近観た中で最高に面白かったことは間違いないからね。 ● 「ハリウッドの誇大広告を信じられない理由のひとつ」 評価:★★★★★★★★★★ まさに魔法だ!最初の一コマから最後の一コマまで、この映画はほとんどの人が忘れかけていた場所にあなたを連れて行ってくれるだろう。そこには現実感のこもった本物の言葉と本物の興奮があり、生の本質、そして死の本質があるのだ!物語は生命の根源としての「食」と共に描かれている。 ストーリーは、「窮地に陥った乙女を救うためにやってきたヒーロー」というベーシックなテーマを中心に展開してくのだが、そこからいくつか枝分かれしていく。その先では賢明な教えを聞けたり、実に奇妙な感覚を味わえたり、なんの意味を持つのかさっぱり分からないシーンに遭遇したりもする。しかし、トータルでは実に味わい深く、満足感の高い映画体験ができるというわけだ。 全体を通して貫かれているのは日本とヨーロッパへの食文化や欧米の映画スタイルに対する尊敬、そして、3回か4回、あるいは5回観て初めて意味がわかるジョークにあふれていることだ。レンタルして観るだけではなくて、所有すべき映画だと思う。もちろん、デートムービーとしても素晴らしいし、仲の良い友だちと一緒に鑑賞して語り合うのにも良いだろう。 ただし、これはディズニー映画じゃないということには気をつけてほしい。つまり、この映画には悲劇も描かれている。家族のために最後の食事を作った後、命を落とす若い母親が出てくるシーンがある。取り乱した彼女の夫は子どもたちに「母ちゃんが作った最後のご飯だ。まだ温かいうちに食べろ!」と食べながら怒鳴るのだ。ここは妙に記憶に残るシーンだった。他にも色々なユーモアも散りばめられているが、ここでネタをばらして台無しにするつもりはない。これはまだまだ命を持っている映画なのだ。 誰であれ、この映画を鑑賞した人は、必ず自分のお気に入りリストに入れてしまうだろう。もっと幅広く知られてほしいものだ。私がこの映画を最初に観たのはイギリスのテレビで、恐らく80年代後半頃だったと思う。この作品にすっかり魅了されてしまった私は、当時、どうにか手に入れようとしたものだが、どこからも手に入れることはできず、結局は諦めてしまった。この映画を観た人はいないかと、ずいぶんたくさんの人たちに聞いてまわったりもしたものだが、私の周囲には誰もそんな人はいなかった。 そんなわけだから、ずいぶん後になってから、ネットで中国製の怪しいDVDを見つけた時は、モラルを放り投げて購入してしまったものだ。正直なところ、嬉しかった。そうやって手に入れたタンポポのDVDを友人に貸してあげたところ、「フxxク!こんな映画が一体、今までどこに隠れてたんだ?最高じゃないか」という反応が返ってきた。 言うまでもなく、これは彼の言葉であって、私のものではない。 ● 「なんという傑作だ!」 評価:★★★★★★★★★★ 1993年に地元のレンタルショップで借りてきて以来、数え切れないほど何度も、この驚くべき作品を鑑賞したものだ。この作品は偉大なレシピとも言える。このレシピを自分のものにするためにも、何度も繰り返し観て頂きたい。 私は観るたびに新たな面白さに気付かされる。年齢を重ねるごとに(同時に賢くもなっていると思いたいが)、楽しさが増してくる作品なのだ。ゴージャスで官能的で名人芸のようにも感じられる作品で、傑作のひとつであることは明らかだ。フリッツ・ラングやキューブリックの作品と同じジャンルと見なされることはないだろうが、傑作としての手触りに関しては、近いものを感じる。 なぜ、このピュアな作品がこれほど心に残るのか、理由をいろいろ考えていくと一晩は費やしてしまうだろう。ただ、この映画を味わうためには、別にそこまで難しく考える必要はない。基本的には生と死、そして進行中の恋愛と料理を描いた作品だ。この映画を観るまで、日本人の中に美食という価値観があるとは思いもしなかった。だが、実際には我々西洋人をはるかに上回るほどの哲学があったのだ。 また、この作品では我々の傲慢な人間の社会をいろいろな角度から切り取って、実に面白く心に触れる形で見せてくれる。こうした点においては、比較できる他の作品が見当たらないほどのものであり、まるで人間のあらゆる特質を記した百科事典のようだ。あえて近い作品を挙げるとすれば1973年の「最後の晩餐」に、いくつかの点では似ているかもしれない。しかし、「タンポポ」の方がはるかに深い。そして何より、「タンポポ」の方がずっと楽しいのだ! 一本の作品の中でこれほど多様な人間性を見せてくれて、なおかつ、観るたびに楽しい気分にさせてくれるというのは、実に驚くべきことだ。脚本も監督も編集もすべて素晴らしい。撮影も完璧だ。だが、くれぐれも、シリアスで退屈な映画ではなく、笑いを誘う面白い映画であることをお忘れなく…。また、少々クレイジーでもある。そして、この映画を観た後、ラーメンを見る目がそれまでとまるで変わってしまったことにも気づくだろう。 さあ、どうぞ「召し上がれ!」 ● 「これまでで一番好きな映画です!」 評価:★★★★★★★★★★ 私はこの作品を繰り返し何度も鑑賞したものです。 どうしてかって?正確に説明することは難しいですね。確かに演技は素晴らしいし、ストーリーだってすごく良いのですが、「タンポポ」をこれほど特別な作品にしているのは定義が難しい「何か」です。私としては、その「何か」は作品で一貫して表現されている楽観主義であると解釈したいところですね。つまり、「この世界で暮らす人々には、他の人々のために良いことをしてあげる親切さがまだあるんだ。」と信じさせてくれる作品なのです。 もしかすると、予想外のロマンスにも心惹かれるところがあるかもしれません。もちろん、これは食べ物がテーマの映画ではありますが、より重要なテーマは、むしろ人間です。人々が共に働き、共に食べ、共に努力して、共に何かを達成するという映画なのです。 脚本は完璧です。すべてのシーンは次のシーンに溶け込むように展開していき、あなたを新しい場所へ案内してくれます。物語は時々脇道にそれて、前衛的かつ楽しいシーンにも導いてくれます。 「タンポポ」は個人レベルのとてもささやかな冒険を描いた映画です。私が観たこれまでの数々の映画とは別物で、とてもチャーミングな映画です。一度鑑賞してみる値打ちは十分にありますよ。 ● 「独創的で日本的なバカバカしさあふれる楽しい映画」 評価:★★★★★★★★★☆ 主人公たちが次から次へと困難に直面し、それを克服していくという楽しい映画だ。そこには日本映画に典型的な要素もあるし、伊丹映画特有の親しみやすさもある。 主人公タンポポと彼女の先生は完璧なラーメン作りを探求している。それは喜劇的でもあり、いくら日本人とはいえ、少々やりすぎでもある。しかし、それと同時に、この作品は日本人の姿を描いた美しい肖像画でもあると感じた。人生のいろいろな局面において完璧を追い求めようとする日本人の姿、それは恐らく、我々西洋人に完全には理解できないものなのだろう。 もちろん、料理作りを極めた人は西洋にも存在する。しかし、料理の分野における完璧さに対しての尊敬が、社会に広く定着しているとまでは言えない。TV番組にしても、料理の作り方を解説するハウトゥーものの番組はあるが、「料理の鉄人」のようにシェフをヒーローとして扱う番組は日本から来るのを待たなければならなかったではないか。 伊丹の妻である宮本信子は、「タンポポ」ではひたむきなヒロインを演じている。興味深いのは、4~5人の男性エキスパートたちの助けがあって、初めて彼女が成功に到達するという物語になっていることだ。それが性差別かどうかは分からない。私としては、彼女が伊丹の他の作品でどんなふうにヒロインを演じているのか、それもぜひ観てみたい。 ● 「すすれ!楽しいぞ。」 評価:★★★★★★★★☆☆ アジアでも西洋でも、シニカルで暗い作品や退屈で自己陶酔的な作品が多い中、タンポポは実に楽しく鑑賞できる傑作だ。この作品の監督は人間性というものに対して思い違いをすることなく、温かさと共感をもって人間を見つめている。また、バカになることなく人を楽しませ、横柄にならずに深遠さを表現でき、憂鬱になること無くシリアスなテーマを扱える手腕も持っている。 タンポポは実に独創的であるため、安易にジャンル分けされることを拒否する作品だ。心を打つが実に愉快でもあり、同時に悲しくもある。決して言葉でくどくど説明したりすることはないが、哲学的な深みがある。ただし、それは完璧な麺のように、じつに繊細な味わいとして表現されているのだ。 主人公たちは成熟した大人で、誰もがそれぞれの人生で負った気持ちの擦り傷の痛みを抱えている。観客は彼らの悲しみと同時に、ささやかな達成から得たほのかな喜びを味わえるのだ。シンプルなストーリーは、この映画にとって重要なポイントではない。キャラクターたちの関わりあいと、それがどのように発展していくか、これこそがこの映画の本当の中身だ。少々誇張気味だが独自の世界観を持つコメディ要素にも存在感がある。 サイドストーリーも豊富で、ガールフレンドの前で殺害される悪党、店内の食べ物を指で押して回り、店主を怒らせる高齢の女性など、暴力から笑いまで様々な要素を含んでいる。タンポポは観客にとっての素晴らしい喜びであると同時に、新鮮で独特な視点を提供してくれた作品だ。そして、きっとあなたを空腹にしてくれる作品でもあることだろう。 (翻訳終わり) 申し訳ありませんが、次回の更新は 未定 です。確定次第、またご報告させて頂きますね。
2019/04/26 15:55|日本の食事 |TB:0 |CM:117 |▲
今回は、サンフランシスコで大人気の居酒屋「Izakaya Sozai(そざい)」のレビューを翻訳して、日本の居酒屋文化に触れたアメリカの人々の声をお届けします。 「Izakaya Sozai」は2010年に日本人の大須賀さんがサンフランシスコにオープンした居酒屋さんです。焼き鳥や串焼き、あるいは唐揚げやたこわさのような居酒屋メニューが充実していて、サンフランシスコ在住の日本人にも好評を博しています。もちろんアメリカ人にも大人気で、開店前から行列ができるほどの盛況ぶりです。 今回はレビューサイトYelpに投稿された「Izakaya Sozai」のレビューを翻訳しました。アメリカの人々が日本の居酒屋のどんなところを愛しているのか、何を楽しみに来店しているのか、リアルな声をお聞き下さい。なお、レビュー集計(2019年3月26日現在)は下図をご覧下さい。↓では、レビュー翻訳をどうぞ!
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● 女性 サンフランシスコ 評価:★★★★★ 居酒屋ソザイはマックストアのようなレストランです。いつも満員で、そこにいるみんなが笑顔で、そこで手に入るものはどれも素晴らしくて、中にはやみつきになってしまうものまであったり…。 そして、他のレストランを経営しているプロたちが食べに来るお店でもあります。このお店がどんな魔法を見せてくれるのか、彼らも自分の目で確認したいのでしょうね。昨日もこのソザイで、ある有名店のオーナーに出会いました。彼は一緒にいた私の夫のことを覚えてくれていたので、夫も得意げでした。私にも、夫がなんだかロックスターのように見えましたよ。 このお店のイカを使ったサラダも、いつものように絶品です。夫の注文したラーメンは、彼が何週間も食べたくてたまらなかったものですが、これも最高。スープだけでもちゃんとした料理として通用しそうです。それに、今日のスペシャルメニューだった鴨の串焼きは私の夢にまで出てきそうな美味しさでしたよ。 でも、私にとって一番楽しいのは、すべての料理を嬉しそうに食べている夫の姿を見ることですね。夫の料理の腕は抜群なのですが、ソザイでは、彼が作れないタイプの料理が味わえるのです。ええ、待ち時間は長いですよ。でも、もしあなたが料理オタクなら、この居酒屋ソザイはあなたがとてもハッピーになれるお店です。 ● 男性 サンタ・ローザ 評価:★★★★☆ 東京のサラリーマンたちは、日々、考えられないほど長時間働いている。しかも、辛い仕事を終えたあとの疲れ切った空腹の彼らを待ち受けるのは、ラッシュアワーの最悪に混雑した電車だ。当然、すぐに帰ろうという気にはならない。そんな彼らの気持ちをほぐし、気分を高めてくれるのが、日本の居酒屋だ。愛する妻が作ってくれる手料理も、この居酒屋の誘惑には勝てない。結果、日本のサラリーマンたちは居酒屋の料理を楽しみ、酒に酔いながら、男同士の連帯を深める方を優先させてしまうのだ。 居酒屋ソザイは、こうした日本の居酒屋とは少し雰囲気が違う。店に集まるのは日本のサラリーマンのような人たちというより、流行りものが好きな人たちだ。そして、ここは新宿でもない。なによりも私たちの目当ては、ここで出してくれる料理なのだ! とり貝はこちらでは珍しい。一般的には寿司のネタとして知られているものだ。食感は柔らかく味わいが素晴らしい。このソザイでは寿司を握ってはくれないが、少しゆでることで甘みを十分に引き出してくれている。軽めのドレッシングで味付けしたトマトのサラダも素晴らしい。オクラが加わることで食感も最高だ。オクラと言えばオクラのベーコン巻きも良い。オクラをベーコンで巻くことによって生まれる、肉と野菜の味わいのコンビネーションは実に創造的だ。香ばしくて塩気のあるベーコンとほのかに酸味のあるオクラ、これにレモン果汁を加えた時の素晴らしさは、他に例えようもないものだ! ホタテの西京焼きは、伝統的な味噌よりも少し甘めでマイルドで塩気控えめなものが使われていたので、塩分が気になる人にとっても安心だ。味噌漬けというのは冷蔵庫のなかった頃からの優れた保存方法でもあるのだが、今日でも味の素晴らしさという点で、強い魅力がある。私はホタテ自体の甘みと柔らかい口当たりが大好きなのだが、特に西京漬けにした時のホタテの味わいには抗しがたい魅力がある。ホタテが好きな人は、このメニューを見逃すべきではない。 スズキは脂が乗っていて柔らかく、そして実に美味い。ここまで口当たりの良いものになるとは驚きだ。特にポン酢をつけて食べると絶品だった。スズキは大した個性を感じない魚だと思っていたのだが、日本の本格的な料理方法をもってすればここまで美味しいものになるのかと驚いた。ちなみに、ポン酢は柑橘系の果物から作られた日本の伝統的なソースで、魚には非常によく合う。 個人的に、最後はやっぱり炭水化物をたっぷり摂取しておきたいところだったので、とんこつラーメンを頼んだ。麺は硬めで歯ごたえがあり、日本のラーメンに比べればスープの温度はぬるめだ。しかし、濃厚でクリーミーで味も良い。やはり、ショーの主役はこれだなと思わせる美味いラーメンだった。ラーメンエッグとしてよく知られている半熟卵も良かった。白身は固まっているのに黄身は柔らかくて醤油の味が染み込んでいるものだ。今日のような寒い晩に食べる料理として、熱いラーメンは最高の選択だったと思う。 しかし、行列は凄い。この店はいつも店の外に長蛇の列ができている。だから、予約無しでこの店の夕食にありつこうとは思わないでもらいたい。店のサイズは小さいが居心地は良く、くつろげる雰囲気だ。ただし、騒々しい店でもあるので、会話を交わすためには叫び続ける必要がある。 ゴチソウサマ デシタ! ● 男性 オークランド 評価:★★★★★ 少し前、これまで何年も我が家の食卓に並べられてきた料理について、母親と話してみたことがある。改めて思い出してみるまでもなく、僕らが長年食べてきたのは大手チェーン店のピザやハンバーガー、パスタのようなものばっかりだった。それら以外の料理がテーブルに並んだ時はとても興奮したものだけど、それはかなり稀な事だ。 たまに外食しても、僕はハンバーガーやフライ、コーラ以外は何も頼まない。いや、以前ニューヨークに旅行した時はもっと違う料理も食べたと思う。でも、よくよく思い返してみれば、食の新たな世界を切り開くというよりは、伝統的な料理を幅広く食べたような感じだったかな。まあ、僕がこれまで食に関して保守的な人間であったことは認めざるを得ない。そして、このままだと、これからも変わらないだろう。以前にも同じようなことを感じたことはあった。どうにかしたいなとも思ったけれど、でも、その時はなんだかメディアやら商業主義やらに踊らされているような気もしたので、結局は何も行動に移さなかった。 でも今回は違う。もう誰かに踊らされてたっていいじゃないか。知らない誰かの収入やストックオプションを増やすことになっても構わないじゃないか。食に関してシンプルそのものだった僕の考え方も、いろんな人たちのおかげで少しは成長してきたんだ。今回、そのきっかけになったのは「タンポポ」という映画だ。とても面白い映画で、翌週には「二郎は鮨の夢を見る」という映画も見た。いずれの作品も人と食の深い関わりを描いたもので、もし観たことがないのであれば、ぜひ観てもらいたい。 そして、とどめを刺してくれたのが、最近知り合ったガールフレンドだ。新しいものを学ぶこと、そして食に関して冒険することは、常に彼女の優先リストの上位にランクしている。僕とまるで正反対の人だ。僕は見慣れないもの、特に上品ぶったものはイヤで、そういうものを見かけるとついつい不信感を抱いてしまう。そしてサッと目をそらし、自分にとって馴染み深いものに視線を戻すタイプだ。ただし、このガールフレンドのことは深く信頼している。そこで、今回は彼女のおすすめする店に行ってみることにした。 彼女と僕は公園で楽しい一日を過ごした後、居酒屋ソザイに向かった。気持ちのいい晴れた日だったが、そろそろ日も沈もうかという頃だ。歩いて店の前まで来ると、行列ができていた。この店のことをよく知っている人たちは、かなり早い時間から来ているようだ。だからもし予約をとっていない場合はできる限り早く来たほうが良さそうだ。 僕らの席はラッキーなことにカウンターだった。注文したのはたこ焼き、シシトウ、マグロタルタル、焼き鳥、牛タンの串焼き、そしてラーメンだ。 たこ焼きは完璧な歯ごたえのタコを熱いハッシュパピーのような衣で完璧にくるんだ料理だ。シシトウにはカツオブシという薄く削った魚がまぶされていて、これが手を振っているかのようにゆらゆら揺れる。なにやら昔の先祖たちが食べ物に乗り移り、化けて出てきたかのように思えたので、僕には少し恐ろしかった。でも、箸を使ってペタッと平らにならしてやれば、揺れはおさまる。なお、シシトウの味自体は良かった。 ラーメンは完璧だったし、とても美味かった。マグロタルタルも同様だ。焼き鳥や串焼きも楽しめたけど、他の料理ほどじゃなかった。ただ、これは別に焼き鳥が水準以下の料理だったというわけじゃなくて、他の料理が際立って良かったからだ。 ここまで書いてきて、自分の料理に関するボキャブラリーの乏しさを改めて感じる。特に「完璧」という言葉を使いすぎているのは自分でも気づいているんだけれど、まだまだ勉強中の段階なので、どうか勘弁してもらいたい。表現したかったのは、居酒屋ソザイでの体験は僕にとって非常に特別なものだったということだ。ボキャブラリーに関しては、これから経験を重ねていくにつれてマシになっていくだろうと思う。最後に、今回の体験をさせてくれた居酒屋ソザイ、そしてガールフレンドに心からの感謝を捧げたい。 ● 女性 サンフランシスコ 評価:★★★★★ とにかく美味しかったですよ。あん肝は非常に素晴らしい味でした。これまで食べた料理の中で最高だったかもしれません。私はアメリカでもフランスでもミシュラン3つ星のお店でフォアグラを食べたことがありますが、それよりはるかに美味しく感じました。銀だらも柔らかくて良かったですね。鶏の軟骨もこの世のものとは思えないほどでしたし、タコワサも他の店で食べたことのあるものより美味しかったなあ。 モチのベーコン巻きも美味しくて、ラーメンは控えておこうと思えるほど、炭水化物もたっぷりでした。まあ、隣の席の人たちが食べていたラーメンはとても魅力的ではありましたけどね。でも、休日太りしないように、自分には厳しくしないといけません。最後に友だちの誕生日を祝うために抹茶チーズケーキを注文しました。繊細な抹茶の味とクリーミーなチーズのバランスが絶妙でしたよ。 ここにいる間、ずっと私が考えていたのは、「これまで、どうしてこんな素敵なお店のことを知らなかったんだろう?」ということです。ずっと以前にニューヨーク・タイムズで「ニューヨークの美食家たちの間で居酒屋の評価が高まっている」という内容の記事を読んでいたんですけどね。このお店に来るまで、自分が体験しそこねてきたものの大きさにまるで気づいていませんでした。 この先、二週間ほど日本に旅行する計画があるので、日本に行ったらぜひ居酒屋を巡ってみたいですね。特に、あん肝を是非試してみたいです。今の段階ですでに熱狂的ファンになってしまってますからね。一度食べたら、あなたもやみつきになるでしょう。このお店に来るたびに注文し続けることになってしまうはずですよ。 今日以上に素晴らしい夜はあった?と聞かれたら、絶対になかったと答えます。ちなみに、私達が予約した時刻は8時15分だったのですが、実際には20分ほど遅れてお店に着きました。でも、すぐに席に案内してもらえましたよ。とっても可愛らしいウェイトレスが料理を運んでくれます。 私の目の前に開けたばかりの新しい世界にワクワクしています。今、ソザイと私はちょっとしたハネムーン期間中のようなものですね。 ● 男性 ロンドン 評価:★★★★★ スープに入ったヌードルは、僕の一番好きなタイプの料理だ。そしてロンドンのラーメンシーンも、このところは、以前よりかなり良くなってきた。でも、やっぱりラーメン店の充実しているベイエリアに行く時は、可能な限りラーメン店に足を運びたくなってくる。これまで僕が一番好きだった店は「Orenchi Ramen」だった。 しかし、ある時、食に詳しい友人が「居酒屋ソザイのラーメンが最高だよ。」と言ってきた。僕は彼のことを尊敬しているので、この言葉は気になる。とは言え、居酒屋で出すラーメンが最高なんてことが実際にあり得るんだろうか?念のため、僕はソザイに行ってみることにした。ただし、到着は予定より遅れてしまい、開店15分後になってしまった。行列ができていたうえに小さい店でもあるので、席に座れたのはその1時間後だ。 待ち時間の間、2人のウェイトレスを見ていると、まるで「ダイナーダッシュ」のゲームをプレイしている気分になったものだ。彼女たちは文字通り店内を飛び回っていた。注文を取り、料理を運び、テーブルを片付け、店内に入ってきた客と話し、電話の受け答えもする。僕にも時々、残りの待ち時間を教えに来てくれた。てんてこ舞いの忙しさなのに、明るく元気なままで接客する彼女たちの姿には本当に驚かされた。 僕は結局、キッチン前のカウンター席に座れた。これは特等席だぞと思う。この席からはキッチンがよく見えるからだ。スタッフたちは実に静かに、そして機嫌よく料理を作っている。 もちろん、僕はラーメンを注文した。スープを一口吸った瞬間、僕の待ち時間が報われた気分になった。これは確かに最高のスープだ。実に深みのある豚骨スープだった。麺はアルデンテでチャーシューは柔らかい。友人の言葉に同意せざるを得ないと思った。僕はまだ日本には行ったことがないけれど、これまで味わった中では一番美味いラーメンだ。僕は焼き鳥も2つ頼んだ。こちらも美味いし、歯ごたえもいい。 他にもメニューの種類はたくさんあるし、日替わりのスペシャルメニューも充実していた。今度来る時は、友だちをぞろぞろと従えて、ぜひみんなでいろんな料理を味わってみたい。間違いなく、また行きたくなる店だったよ! ● 女性 サンフランシスコ 評価:★★★★☆ 4つ星をつけはしましたが、二度とこのお店には行けません。私はひどいことをしてしまいました。ここで盗みを働いてしまったのです。 ルームメイトによれば、ここはサンフランシスコで最高のラーメンを出すお店だとのこと。そこで私達は、ある寒い日、ここにディナーの予約を入れました。行ってみるとお店のサイズは小さく、長蛇の列が出来ています。でも、サンフランシスコの人々は待ち時間の長さなんて気にしてないようです。 ルームメイトと私はとんこつラーメン、そして前菜を何種類か注文しました。前菜は良い味でしたけど、お腹いっぱいになりたいなら、多めに注文した方が良さそうですね。ラーメンが来た時、私はラーメンに入っているはずの玉子がないことに気づきました。箸を使ってどんぶりの中を探ってみましたが、どこにも見当たりません。そこで私は店員さんを呼んでそのことを告げると、彼女はすぐに玉子を持ってきてくれました。 さて、そろそろラーメンを食べ終えようかという時、なかったはずの玉子が、実はどんぶりの底にちゃんと入っていたことに気づいたのです。ルームメイトもそれを見て、大きな声をあげました。そして、これは玉子泥棒だぞと私に言ってきます。でも、私は恥ずかしくて、さっきのは間違いでしたと店員さんに言うことはできませんでした。それに、決してわざとやったわけじゃないんです!普通はラーメンの上にあるはずの玉子が底に沈んでいたので、気づかなかっただけなんですよ。 そんなわけですので、心から申し訳なく思うと同時に、恥ずかしいのでもうこのお店には行けません。でも、どうか皆さんはこのお店に行ってラーメンを注文して下さいね。本当に美味しいラーメンでしたから。 (翻訳終わり)管理人より:次回の更新は 5月17日(金) です。よかったら、またご覧下さいね。
2019/04/12 15:55|日本製品 |TB:0 |CM:23 |▲
今回は、広角から超望遠までを一台でこなすカメラ、Nikon P900の海外レビューを翻訳してお伝えします。 2015年の発売当時にはかなり話題になったカメラですので、ご記憶されている方も多いでしょう。83倍ズームレンズを搭載していて、月のクレーターはもちろん、土星の輪まで撮影できるという凄いカメラです。ジャンルとしてはネオ一眼ですね。ネオ一眼はイメージセンサー(画質を決める重要なパーツ)にサイズの小さなものを搭載することで、巨大になりがちな超望遠レンズを含めたカメラ全体を、非常にコンパクトに抑えることが可能なのです。それと引き換えに、サイズの大きなイメージセンサーを積んだ一眼レフやミラーレスと比べれば、画質はある程度犠牲になります。 とは言え、数あるネオ一眼機の中でもこれほどの高倍率ズームを実現しているのは、このP900と上位機種のP1000(こちらは125倍)くらいのものですので、これはやはりNikonの高い技術力があったからこそ実現できた製品というべきでしょう。値段も日本のアマゾンで5万円程度と、比較的お手頃です。海外でも人気の高いカメラで、米アマゾンではレビュー総数525件、レビューの平均は5点満点中4.5点を獲得しています(レビューの集計は下図をご参照下さい)。 さて、破壊的とも言えるズームを搭載したこのカメラ、海外ユーザー達はどのような感想を抱いたのでしょうか?↓では、レビュー翻訳をどうぞ!
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● 「この値段としては驚くほど多用途に使えるカメラ」 評価:★★★★★ このP900の購入後、カメラに関する考え方が変わってしまったよ。これまでの長い年月、ずっと無駄なエネルギーを使い続けてきたような気分だ。25ポンド(約11.3kg)ものカメラやレンズ、三脚を苦労して運ぶ必要なく良い写真が撮れるというのは実に素晴らしい。設定変更中やレンズ交換中にシャッターチャンスを逃す心配がないのも良い。 楽しさという点に関して言えば、何千ドルも費やしたハイエンドの装備で撮影するよりも、この小さなカメラで撮影するほうが、明らかに上だということは認めざるを得ないね。もちろん、RAWで撮影することができないのは確かだし、より値段の高いカメラと比べれば暗所の撮影に弱いのも間違いないところだけれど、それでも十分に実用的な画質の写真が撮れるんだよ。だいたい、100倍近いズームレンズで撮った写真が最高にシャープではなかったとしても、いったい誰がそこを気にする?まずは100倍近いズームレンズで表現されているディテールに感心するはずなんだから。 不満があるとすれば、モード設定のダイヤルをうっかり回してしまいやすいということだけだね。気づかずにダイヤルを回してしまって、変な挙動になってしまったことが2~3回あったよ。 ただし、手ぶれ補正のおかげで、撮影者の腕が中途半端なものでも、そして三脚を使わなくても、2000mmのレンズでしっかり被写体を捉えられて、実用的な写真を残せる点はやっぱり素晴らしいと思う。 このカメラは決して値段3000ドルの高級機じゃないけど、支払った金額を考えれば実に値打ちがあるよ。そして時々、高級機では撮れない写真が撮れるカメラでもあるんだ。 ↓広角ではこんな感じ。でも山をズームで拡大すると なんと、クライマーの姿までバッチリ写ってます!● 「ついに私の能力をカメラが上回った」 男性 評価:★★★★★ このカメラは私の撮影能力を超えたね。私は30年以上、プロの写真家として活動してきた。最初のカメラは80年代に買ったキヤノンのフィルム式一眼レフだ。以来、私が撮影した何千枚もの写真が世界中の雑誌や新聞や書籍に掲載されたものだよ。だから、私にとってカメラは単に写真を撮るための道具ではなくて、収入を生み出してくれるものでもあるわけだ。 その私から見ても、このカメラは凄い。冗談でもなんでもない。今はまだ色々と試している最中だが、このまま持ちこたえてくれるなら、これは私が所有してきた中で最高のオールラウンドカメラということになるだろうね。 ● 「今まで、どうしてこのカメラ無しでやってこれたんだろう?」 男性 評価:★★★★★ ワオ!最初にこのカメラを使って撮影した写真を見た瞬間、僕は言葉を失った。一体僕に何が言える?画質はシャープでクリアで、ズームは最高だ。想像以上の仕事をしてくれたよ。僕はこのカメラを買う前に、長所も短所もずいぶん調べたもんだ。でも、実際に手にとってみると、欠点は無いに等しかったね。重さだって、もっとずっしりくるものだと思っていたけれど、予想より軽かった。特にレンズを前方に引き伸ばした時はバランスの悪さが気になるだろうとも思っていたけれど、そんなこともない。うまく設計されているということなんだろうね。 RAWで撮影して現像できるようになっていれば素晴らしいだろうとは思うけれど、それは無理だ。ただ、そのくらいの犠牲なら喜んで受け入れるよ。どうしてもRAWにこだわりたい人にとっては、その点がこのカメラの唯一の欠点ということになるだろうな。 ● 「制約はあるけど、素晴らしい仕事をしてくれる」男性 評価:★★★★★ このカメラはブリッジカメラ(ネオ一眼)だから制限はある。僕はそれを承知で購入した。最高画質の写真を撮りたければ、そういうカメラは別に持っているから問題なしだ。 ここ数年、僕はスポッティングスコープを使った撮影にハマっていて、心の底から大好きだ。ただし、スコープを使った撮影は、事前によく考えて計画を練っておく必要がある。急に撮りたくなったものをパッと撮るわけにはいかないんだ。 このニコンP900のことを知ったのは去年だ。それ以降、このカメラのことに関して読めば読むほどどんどん欲しくなっていった。実際に手に入れてみると、まさに期待通りだ。僕は撮影後の現像処理に関しては大ファンというわけではないから、RAWで撮影できないことはそれほどのダメージでもない。暗所が苦手なことも分かっているけれど、スポッティングスコープでも暗所で撮影することの難しさはよく分かっていたから、少なくとも、僕にとっては目新しいことじゃない。 むしろ、重いスポッティングスコープや三脚を持ち運ぶ必要なく森の中を歩き回り、いつでもすぐに撮影できるありがたさの方が大きいね。僕にとっては感動的だった。買う前にやりたかったことはすでに今やっているから、今後、このカメラを使い込んでいった後に、どんなことができるようになるのか、今はそれが楽しみだね。 ● 「P900で野鳥撮影」 男性 評価:★★★★★ 妻と私は野鳥観察を始めた。妻の一番の楽しみはワシの巣を観察することだ。そこで、私は妻の要求を満たしつつ、ボータブルで使いやすいカメラはないか探してみることにした。いろんな製品のレビューを読むのに数週間を費やした後、注文したのはパナソニックのFZ300Kだ。かつてはプロとして写真を撮っていた私だったが、それもフィルムカメラ時代の話で、カメラを購入するのはずいぶん久しぶりだった。 アマゾンでFZ300Kを注文した後、私と妻はすぐ野鳥観察にでかけた。行き先はテネシーの州立公園、セブン・アイランズ・ステート・バーディング・パークだ。一緒に行った仲間の一人が持っていたのはキヤノンの一眼レフに300mmの望遠レンズをつけ、コンバータを使って630mmにしたもので、別の一人はニコンのP900を持っていた。 同行してくれたガイド達はフィールドスコープを持っている。倍率は40倍から60倍程度だが、50倍を超えると、かえって見づらくなるらしい。また、キヤノンの一眼レフを使う仲間は、焦点距離が固定されているレンズなので、画角がずいぶん狭くて使いづらいと不満の声を上げている。一方で、P900ユーザーの仲間が言うには、1500mm~2000mmの超望遠でも実用的に使えるとのことだった。彼によると、このカメラでは撮影後の現像処理などはできないし、暗所の撮影も苦手ではあるけれど、実用的に使える範囲をちゃんと把握していればセンサーの小さいP900でも何ら問題はなく、むしろかなり楽しいとのことで、この価格はバーゲン価格のようなものらしい。 私は家に帰った後、すでに注文していたFZ300Kをキャンセルし、P900を注文することにした。 早速使ってみた。撮ったのはワシの巣がある木だ。80フィート(約24.4m)ほどの高さに巣がある。倍率8倍の双眼鏡を使えば巣の存在は分かるが、かなり遠方なので巣にワシがいるかどうかまではわからない。P900を使って撮影してみたが、現場で確認したところ、背面の液晶モニタでは細かい部分がちゃんと写っているかどうかが分かりづらかったので、家に帰ってSDカードを取り出し、コンピュータで確認してみることにした。妻も私も興奮した。親鳥とヒナがちゃんと写っていたのだ!自分たちの目的にピッタリのカメラを購入できたことも嬉しい。 ケースとストラップも追加購入することにした。プラスチックのボディではあるが、カメラ自体の造りも良い。ニコン、そしてキヤノンのカメラを40年以上使ってきた私の眼から見ても、P900の品質、そして何より、その価値は実に印象深いものだった。 ↓赤い四角の箇所をズームで拡大すると● 「トップシークレットのズーム」 男性 評価:★★★★☆ このカメラのズームは実にクレイジーだよ。だから、たかだか600ドル(約67,000円)程度支払えば家に届くということが信じられないね。まるで国防総省が極秘の技術を元に開発したカメラで、軍かCIAで使われているもののように感じられるんだ! 光学ズームを使っている限りは、どれほど拡大しても画質は良好なままだ。ただし、デジタルズームを使うと、画質は急激に落ちていくけどね。正直なところ、僕はプロの写真家でもなければカメラに詳しいわけでもない。だから、おそらくこのレビューは撮影経験豊富な人にとって役立つものではないだろう。 4つ星をつけた唯一の理由はマイクだね。マイクは実に貧弱だ。かなりひどい。動画撮影の時に強めの雑音が入ってしまうんだよ。どうにかならないかと色々調べたけど、解決法は無いようだ。マイクの位置に問題があるんだと思う。だから、もし音を重視するなら後継機のP1000(こちらはマイク専用の端子がついている)にした方がいいと思う。でも、その件を抜きにすれば、このカメラは僕にとってパーフェクトだね。 ● 「素晴らしいカメラではないかもしれないが、最高のおもちゃ」 男性 評価:★★★★★ 私は、このNikon P900という「トリックカメラ」を1年半ほど使ってきました。目玉機能であるズームを含めて大きな欠点のあるカメラですから、これをあなたの「唯一のカメラ」として購入するべきではないと思います。とは言え、一眼レフのレンズより長い焦点距離のレンズが欲しくてたまらない人であれば、このカメラはあなたが求めてやまないものをあっさりと提供してくれることでしょう。 このカメラで撮影した写真は、一般的なレベルで言えば、かなり上等です。しかし、プロフェッショナルレベルの品質ではありません。基本的には、カメラ内部で多数の処理を加えた後の、少々人工的な味付けの写真しか提供してくれないのです。 昨日、このカメラで撮影してきました。日中ではありましたが、太陽は西に傾き、空はかなり曇っているという状況です。この程度の悪条件でも、このカメラにとってはかなりの悪条件ということになってしまいます。光量が足りなさ過ぎるのです。結果として、撮れた写真はまずまずという出来で、決して素晴らしいものにはなりませんでした。 明るい晴れた日で、被写体に太陽がまぶしい光を注いでくれている状態なら、かなり印象的な写真が撮れます。驚くほど細かい部分までくっきりと写し取ってくれるのです。それでも、大きくプリントした場合はガッカリする結果になってしまうかもしれません。 このカメラの大きな問題点は、飛行中の鳥を効果的に撮影するのには向いていないということです。動きの速いものを撮影するには、カメラの反応がスロー過ぎるのです。シャターを押してから実際に撮影がなされるまでタイムラグがあるため、被写体やシャッターチャンスを逃しやすくなってしまいます。飛行する鳥を撮影するためには、もう少し焦点距離が短く画角の広いレンズを一眼レフに取り付けて撮影し、後から必要な部分だけをトリミングして残すようにするべきでしょう。 オートフォーカスも問題になる可能性があります。特に木の枝の向こう側にいる鳥にピントを合わせようという時、オートフォーカスは繰り返し間違ったところにピントを合わせ続けることなるでしょう。ただ、AFのモードをシングルポイントに切り替えれば、常にフレームの中央にある被写体にピントを合わせようとしてくれますので、ある程度、この問題は解消可能です。ズームに関して言えば、2000mmまでズームするのに数秒の時間を要します。したがって、被写体を探そうとズームイン・ズームアウトを繰り返すような場面では、けっこうな時間がかかることになります。 このカメラにはP1000という「兄貴分」がいます。この機種は3000mmまでズーム可能となっていますので、理屈上はこれがP1000のアピールポイントということになるのでしょう。ただし、2000mm以上の焦点距離が必要かどうかは疑問です。2000mmであっても、三脚を使わない手持ちの場合は、被写体を捉えるために、とても細かく繊細にカメラを動かす必要があります。P1000の性能自体はP900より上ではありますが、3000mmもの長い焦点距離になると、画角が極めて狭くなりますので、細心の注意を払わなければ被写体を画角内に収めることさえ難しいでしょう。 さらに、P1000は値段が高くなっていますし、重量も増していますので、ここは大きなマイナスポイントになります。重くなるほどカメラをコントロールするのは難しくなりますし、P900よりも焦点距離が長いわけですから、非常に扱いにくくなっているはずです。もちろん、P1000にはP900よりさらに強力な手ぶれ補正機能が搭載されていることは承知していますが、それでも、やはり扱いにくさは変わらないでしょう。 値段の高さも問題です。私はP900を500ドル(約55,900円)未満で入手しました。私の小遣い程度の値段とまでは言えないものの、趣味のために使う金額として、どうにか正当化できる額ではあります。P1000の方はその2倍の価格ですので、私にとっては、購入を正当化するのが難しい金額になります。P1000はRAWで撮影することが可能ですから撮影後の現像もできるのですが、この種のカメラとしては無意味であるように、個人的には思えます。もちろん、人の好みは様々ではありますが。 そんなわけで、レビューの大半をこのカメラの欠点を語ることに費やしてしまいましたが、それでも私はこのカメラに5つ星を付けます。それは私の撮りたい写真を実に楽しく撮れるからです。そして、他のカメラでは決して撮れない写真が撮れます。その意味では実にユニークなカメラでもあるのです。無制限に近い超望遠レンズで自然の風景を撮りたい人にとって、このカメラはほぼ唯一の選択肢と言っていいでしょう。 私はこのカメラを使い続けて、これからも楽しく写真を撮り続けるつもりです。 ● 「大自然を写すカメラ」 男性 評価:★★★★★ 実用レベルの写真が撮れる望遠レンズ付きカメラを探している人にとっては最高のカメラだね。ただ、良い結果を残せるようになるまでには慣れが必要だ。特に、ピントを正確に合わせ続けるためには、ある程度の試行錯誤が必要になってくる。うまく使えるようになれば、1000mm以下の焦点距離では驚くほど良い写真が撮れるよ。これほどサイズの小さなセンサーのカメラとしては十分な画質だね。 ただし、1000mmを超えると画質は落ちてくる。とは言え、僕らのような野生動物を追う写真好きにとっては、こうした超望遠レンズがあるかないかの違いは大きいものなんだ。超望遠があれば独創的なショットが撮れる可能性が生まれるけど、なければ何も生まれない。何もないよりは、少々画質が甘くても超望遠があったほうがずっと良いんだよ。 ちなみにこのカメラで最長の焦点距離である2000mmを使うと、画質も悪いが、何よりピント合わせが完全に運任せになってしまう。そこで、少しだけレンズを引っ込めて1950mm程度で撮ると良いよ。そうすれば成功率は格段に上がるから。まあ、それでもまだ画質が多少甘いのは一緒だけどね。ただ、1000mmまでズームアウトすれば、それでもかなりの望遠だし、ピントが合う確率も画質も飛躍的に向上するんだよ。そうやって撮った写真をプロに見せたこともあるけど、「うーん、ちょっと甘いね。」なんて返事が返ってくることはなく、「おい、一体どうやってこの写真を撮ったんだ?」と驚かれたもんだ。 もし、最高にシャープな写真が撮りたければ、一眼レフを買って超望遠レンズを取り付けるしかない。それだけの資金を準備するのは気が進まないのであれば、このP900を買おう。信じられないような写真が撮れて、毎度毎度笑顔になれるはずだよ。 おすすめ度の平均: 2000㎜の超望遠に取り憑かれ 軽さとコンパクトさからは想像を超えた性能 性能は抜群 ズームは文句なし! 一眼とは違った楽しさ (翻訳終わり)管理人より:いつもコメントを投稿してくださる皆さん、どうもありがとうございます!次回の更新は 再来週の金曜日(4月26日) です。よかったら、また見に来て下さいね。
2019/03/29 15:55|日本の映像作品 |TB:0 |CM:48 |▲
今回は漫画「キングダム」の海外反応をお届けします。 「キングダム」は春秋戦国時代の中国を舞台にした歴史漫画で、後の始皇帝・政と共に中国統一を目指す主人公・信の活躍が描かれています。累計発行部数3600万部以上を誇る大人気作品でもあり、今も週刊ヤングジャンプで連載中です。来月には実写映画も公開されます。 まだお読みになっていない方のために「キングダム」の印象を簡単にお伝えするなら「王道路線の少年マンガに、大人でも思い入れできるような深みを加えた作品」といったところでしょうかね。「ベルセルク」のような作品が好きな方なら、「キングダム」も好きになってもらえるのではないかと思いますよ。 海外にも熱烈なファンの多い「キングダム」。今回はこの作品が大好きな外国人の反応をredditから抜粋して翻訳しました。↓では、翻訳をどうぞ!
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★ テーマ1: 「キングダムを読んだばかりで、今とても興奮しているんだ!」 ・ 合従軍のところまで読み終えたんだけど、ワオ!と叫びたい気分だよ。キングダムは圧倒的に素晴らしかった。これまで語られてきた全ての物語の中で最高だったと思うよ。特に蕞の町を守る話には引き込まれたね。予想もつかない展開とは、まさにこのことだ。最初は寝る前に何話かだけを読むつもりだったんだけど、結局、朝の6時までこのマンガに釘付けになってしまったね。読み終えた後に疲れて一度は寝たんだけど、目が覚めて頭がスッキリしたら、改めて感激がこみ上げてきたんだ。ここまで僕の心を動かした物語は他になかったよ。 これって半分くらいは中国で本当にあった話なんだろうか?バカな質問だったとしたら申し訳ないけれど、キャラクターも物語も本物であってほしいと思えるくらい、本当に良かったんだよ。 ここに描かれているのは過酷な戦争の世界だ。こうなるだろうと予測した展開はことごとく外れたけど、ちゃんと筋の通った物語でもあるし、全てが現実であるかのように感じられたね。僕は心から没頭したよ。李牧はとてつもなく強大な敵だったが、あの山の民が現れた時、僕は実際に今自分が助けられたかのように涙したもんだ。湧き上がってくるこの強い衝動をどこへぶつければいいんだろう。今はそんな気分だよ。 ・ ↑これから5回や6回読み返したくなることは避けられないよ。そして、全く同じ気持ちを何度も感じることになるだろうね。ストーリーに関していえば、史実をかなりドラマチックに作り変えたものだから、もしネタバレを避けたいなら、秦の本当の歴史は読んじゃダメだよ。 ・ 時々、「紀元前XX年、○○将軍が○○の都市を包囲した」というような史実に基づく文はキングダムのマンガにも出てくるよ。ただし史実はそこだけで、残りの全ては作者の想像によって生み出されたものだ。くれぐれも中国古代史は読まないようにね。かなり痛いネタバレを経験することになってしまうから。 ・ ↑キングダムを全部読み終えたら、本当にそうしようと思ってたよ。これまでの人生で中国の歴史に興味を持ったことなんて一度もなかったんだけどね。 ・ ↑それこそプロの歴史家レベルまで中国史に深入りするのでなければ、歴史を勉強してもマンガを楽しむことはできると思うよ。個人的には結果がどうなるか知っていても、十分にマンガを楽しめた。原先生は史実をマンガにするにあたって、かなり自由な解釈で物語を作っているからね。まだまだ興奮しながらマンガを読んでいるよ。 ・ 安らかに眠れ、麃公よ。 ・ ↑彼が勝つと思っていたから、すごく悲しいよ。 ・ ↑王騎の時より悲しかったね。 ・ ↑火を絶やすでないぞ! ・ 個人的には合従軍の章がキングダムの中で一番素晴らしかったと思うよ。もしかしたら全ての少年マンガの中で最高の戦いだったかもしれない。 ・ ↑キングダムは青年マンガだぞ。 ・ 青年向けのマンガ雑誌に掲載されているわけだから、青年マンガというのが正確なのかもしれない。ただ、若い少年が明確なゴールに向かって、次から次へと強い敵を倒していくという少年マンガのフォーマットに忠実な作品であるのも確かだと思うよ。キングダムは信の個人的な物語というよりも秦が統一を進めていく物語だと捉えるのであれば、少年マンガ的なサイドストーリーを持つ青年マンガという風にも言えるだろう。まあ、秦の王様である政も、やっぱり少年マンガ的な描かれ方なんだけどね。 ・ 作者の原先生は歴史書に書かれたほんのわずかな文章から、あれほど凄い合従軍の物語を作り出したんだよな。キャラクターや戦争の詳細、誰が誰と戦ったかなどという残りの部分は全て創作なんだぜ。 ・ ↑ああ、完全に狂気と言っていいほど凄い腕だよね。 ・ キングダムを読んでスレ主のようになるのは、ごく普通のことだよ。なるべくゆっくり読むことをおすすめしたいね。全て読んでしまうと、新巻が出るまで苦痛だから。原は毎回、続きが気になる終わり方をするし。 ・ 僕はキングダムを少なくとも10回は読み返したね。合従軍のところは15回読んだ。一切、誇張してないよ。 ・ 人生の中で出会う最高の作品の一つだね。 ・ 心配しなくていい。キングダムを見た人のごく当たり前の反応だから。この作品の中毒性はすごいよ! ・ スレ主の気持ちは分かるよ!僕は先週読み終えたところだ。期末試験の直前に読むべきじゃなかったとは思うけどね。試験のことよりキングダムの方に気持ちを奪われてしまったもんだから。全て読み終えた今でも、合従軍のところはぜひもう一度読み返してみたいと思うね。今後の物語もきっと気に入るはずだよ! ・ 蒙武vs汗明が最高だったなあ。 ・ ハリウッドがキングダムのTV版を作ったら、人気はゲーム・オブ・スローンズと同等か、それをしのぐものになるだろうね。 ・ ↑無理だろうなあ。戦いが多すぎるし、予算がないよ。1シーズンで10話としても、1億ドルくらいはかかってしまうだろうし。1話を撮るのに600人のクルーに70頭の馬、4つのカメラチームで25日くらいかかるかな。 ・ キングダムが好きなら、ゲーム・オブ・スローンズは絶対見るべきだね。 ・ 史実に描かれている部分はごく少なくて、その穴を原が埋めていくわけだけど、その手腕が見事だね。盛り上げつつも史実に矛盾しないように物語を進めていく技術は本当に素晴らしい。★ テーマ2: 「みんながキングダムにハマったきっかけは?」 ・ 僕のいとこがキングダムを読めと、ずっとしつこく言ってきたんだよ。数週間後、ついに降参して読むことにしたんだけど、とにかくハマったね。2日で500話以上読んでしまった。僕が興奮してキングダムの感想をいとこに伝えたところ、彼が気まずそうに言うには、彼がすすめていたのはキングダムじゃなくて三国志演義(Romance of the three kingdoms)だったらしい。ちなみに三国志演義の方はまだ読んでないよ。 ・ 最初はキングダムハーツの情報を探すつもりだったんだ。そこでキングダムとタイプして出てきた検索結果が目にとまったのがきっかけだね。意図してたわけじゃないけど、最高の結果だったよ。 ・ ↑僕の場合は逆にキングダムの情報を探そうとしたらキングダムハーツの情報が出てきたけどね。 ・ ↑ハハハ、普通はそうだよね。 ・ 僕は中国の歴史が好きで政治や歴史を扱ったマンガも好きだ。それに、戦争や軍事を扱うマンガも好きだしね。だから、キングダムにはあっさりハマったよ。 ・ 軍事マンガを探していて偶然見つけたんだよ。最初はさほど印象付けられなかったけれど、楊端和と王騎が出てきてからはハマったね。以来ずっと読み続けていて、全体をもう一度読んだりもする。30回は読んだんじゃないかな。今は黒羊の戦いを改めて読んでるところだ。 ・ ↑それくらい熱心になれるとは、たいしたもんだ。僕もこのマンガにのめり込んだのは王騎の存在が大きかったよ。彼が戦場の真ん中でただ一騎たたずんでいる姿は今も目に焼き付いてるね。 ・ キングダムというマンガの存在だけは前から知っていて、かなり面白そうだな、自分の好みに合いそうだなとは思ってたんだ。それまでずっと追いかけてたのはワンピースだったんだけど、ワンピースのフォーラムでキングダムをおすすめされて、それをきっかけに読んでみたというわけだ。 ・ ↑ああ、僕らの大半はキングダムの主人公信は、ワンピースの世界よりもう少し現実寄りの世界に生きるルフィだと思ってるよ。彼がなりたがっているのは海賊王じゃなくて天下の大将軍だけどね(笑)。 ・ 大学の友達にすすめられたから。すっかり夢中になったよ。 ・ 友達と中間試験の勉強をしていたんだけど、その友達が帰り際に何気ない感じですすめていったのがキングダムだったんだ。その晩から読み始めて、もう他のことは目に入らなくなってしまったね。もっと試験の勉強をしておけばよかった。 ・ ↑友達からどんな風に勧められたの?僕も何人かの友達に勧めているんだけど、今のところまだ誰も読んでくれないんだよ。 ・ ↑僕の場合は、かなり何度も熱心に勧められていたんだけど、なんといっても話の数が多いもんだから、正直なところ、最初はちょっと及び腰だったね。でも、結局は読んでしまったよ。まあ、人の興味を惹くためにはアニメじゃなくてマンガの方をすすめた方がいいだろうね。最初の方は少々退屈でもあるから。 ・ 過去数年間、いろんな人のSNSなどのお気に入りリストでキングダムの名前を見かけていたからだね。しばらくは忘れていたんだけど、最近になって久しぶりにもう一度キングダムの名前が挙がっているのを見かけたから、試しに読んでみたんだ。読み始めると、もう止まらなくなってしまったよ。ただ、キングダム以外の漫画の名前も頻繁に見かけるものだから、その中からなぜキングダムを手に取ろうと思ったのかは分からない。まあ、偶然ということになるんだろうね。 ・ ワンピースをずっと読んでたんだけど、その気晴らしのつもりでキングダムを読み始めたよ。ほんの数話読んだだけで、すっかり虜になってしまったね。4~5日で全部読み終えてしまった。心ここにあらずという感じの僕を見て、両親はとうとう僕にガールフレンドができたんじゃないかと思っているよ。違うんだ! 変な女よりキングダムの方がよっぽどいいんだよ! ・ 過去10年間の手塚治虫文化賞受賞作家の作品をチェックしているときに見つけたんだ。このアプローチで素晴らしいマンガをたくさん見つけることができたよ。キングダムはその中でも最高だね。 ・ 外で友達と食事をしていたんだけど、彼は上の空という感じで、僕の話を聞いてない様子だった。そこで、一体何してるんだいと聞いてみたら、キングダムを読んでいるとの答えが帰ってきた。見せてもらうと、絵柄は僕の好みじゃなかった。ただ、その友達に言わせると史上最高のマンガらしい。以前にはワンピースのことも史上最高と言っていたヤツだから、まあ誇張なんだろうなと思って、そのときはそれっきりだった。その後、読んでるマンガが退屈に感じ始めたのでキングダムの方を読んでみたんだ。次の日もその次の日もひたすら読み続けた。病気ということにして仕事も休み、とうとう全てを読み切った。それだけの値打ちがあるマンガだよ。 ・ それほど親しくない友人から勧められたんだよ。彼が言うには「どん底にいる人間が多くのものを犠牲にしつつ、いかにしてトップまで駆け上っていくかが描かれているマンガ」ということだった。彼の説明は正確じゃなかったと思うけど、マンガそのものは僕の期待をはるかに上回っていたね。今では一番のお気に入りだよ。 ・ ある友達から勧められたんだ。その頃の僕は少し「尖って」いて、21世紀少年やMONSTER、ベルセルクなどを読んでいた。そしてナルトやブリーチを読むヤツのことは見下していた(ありがたいことに、今はもうそんな段階は通り過ぎているけどね)。そんな僕にフェイスブックの友人がすすめてくれたのがキングダムと火鳳燎原だったんだ。キングダムの方は絵柄が好みじゃなかったので、先に火鳳燎原を読み始めたんだけど、正直なところ、まるで良いと思えなかったんだよね。そこでキングダムの方を読み始めたんだけど、一週間で全部読み終えてしまったよ。 ・ キングダムを読んでみてよと勧めてきたのは、僕の兄弟だ。今では二人とも夢中で、二回読み直したよ。このマンガがいかに面白いか、そして次の展開がどうなるか、今の僕らの会話の大半はそんな感じになっているね。 ・ いとこから3年ほどずっと勧められていたんだ。その上、多くの友達がSNSでキングダムはいかに面白いかという議論しているのを見て、読んでみることにしたんだ。マンガというのは、これほど素晴らしいものになりうるんだということに気付かされたよ。 ・ 戦争ゲームが好きな友達からの勧めだね。彼は家族でキングダムの話をしているらしいよ。 ・ 仕事もなく、恋愛もせず、退屈していた時期だった。僕はただマンガを読むだけの生活を送っていたんだけど、そのときに読んだ中の一つがキングダムだった。2012年頃の話だけど、今は結婚して仕事もして子供もいる。その子にはシンと名付けたよ。 ・ 仕事の休憩中に同僚が読んでるのを見たからだね。最初は絵がイマイチだと思った。画力の問題じゃなくて、絵のスタイルが好みじゃなかったということだ。でも、退屈していたある時にこのマンガのことを思い出し、読んでみたんだよ。もう20回以上再読しただろうな。同僚が僕の目の前で読んでくれていたのは、本当にラッキーだったと今になって思うよ。 ・ 2014年、ぼくはコールセンターで働いていた。その会社は月曜日にかなりの自由時間があるんだ。その時にマンガでも読んで時間を潰そうかと思って見つけたのがキングダムだ。単なる暇つぶしとか気晴らしのつもりで読み始めたんだけど、いやもう完全な中毒になってしまったよ。 ・ デスノートに似たアニメはないかと質問して、勧められたのがキングダムだったんだ。いや、まるで似てないんだけどね(笑)。でも不満を言うつもりはないよ。そして、アニメからマンガに移行したわけだね。 ・ ワンピースのフォーラムで「主人公が一切出てこない回でも最高に面白いマンガ(ワンピース以外)」という話題になってたんだ。その時に名前が挙がったのがキングダムだ。僕は興味をそそられたので読んでみることにした。のめり込んだしまうまでは、あっという間だったよ。今ではワンピースと同じくらい大好きなマンガだね。 ・ キングダムを読んだきっかけはハッキリ覚えているよ。僕の友達で、フェイスブックにいつもキングダム関連の投稿をしているヤツがいたんだよ。調べてみたらキャラクターが醜い(初期の頃の絵柄だった)から、これを好きになることはないよなと思っていた。でも、今ではその友達よりハマっているよ。★ テーマ3: 「キングダムで一番印象に残ったセリフは?」 ・ 最近だと、フィゴの王のセリフだね。 「上空より愚かな人の営みを観て楽しんでおれ 愛鳥よ。」 ・ 「黙って貴様らは敗者として史に名を刻め」 -楊端和 最高に格好いい女の最高に格好いいセリフだ。 ・ ↑あれは確かに力強いセリフだったね。 ・ 「私の目に狂いはない。」 続きは知ってるよね。 ・ ↑「あ奴はいい囮になる。」 -王翦 ・ 「火を絶やすでないぞ。」 -麃公 ・ ↑それを見ると泣きそうになるよ。いや、本当はもう泣いてるんだけど。 ・ ↑あの部分は大好きだ。胸が張り裂けそうになる。 ・ ↑鳥肌が立ってくるよ。 ・ 「嫌です」と言って信を崖から蹴落とす王騎 ・ ↑キングダムは4回読んだけど、その場面は何度読んでもインパクトがあるね。 ・ 「秦は武力を以て趙を含む六国全てを攻め滅ぼし 中華を統一する! 血を恐れるならお前達は今すぐ発ち帰り 趙王に完全降伏を上奏するがいい!」 政から李牧への宣戦布告 ・ ↑ここは読んでてゾクゾクした。 ・ ↑あそこは傑出したシーンだったね。政は王様がどれほどカッコ良くなれるものかを示してくれたよ。 ・ 「もし、お前らが本気で死んだ奴らのことを想うなら 奴らの見た夢を現実のものに変えてやれよ!」 -信 ここは読みながら泣いたよ。 ・ 「突撃じゃあ」 -麃公 ・ ↑合従軍のところだね。あそこは最高だった。 ・ ↑いちいち説明されなくても分かるところが素晴らしいね。 ・ ↑そのセリフを聞いただけで絵が頭によみがえってくるよ。 ・ 「苦しいんなら 俺の背中を見て戦え」 -信 ・ 万極vs信 「だから あいつは国を一つにまとめるんだ そして俺は その金剛の剣だ」 -信 ・ 蒙武のセリフが好きだな。 「貴様は超越者などではない ただ昨日まで相手に恵まれていただけだ」 ・ 「俺がうれしいのは ようやく 生まれて初めて全力を引き出して戦う刻が来たからだ」 -蒙武 ・ 「さ さいきょうは…か」 -汗明 最期の言葉 ・ 「大将軍になるために必要なものは 百の精神力!そして百の腕力 さらに百の知恵 あと百の経験と百の幸運」 -廉頗 ・ 「天下の大将軍ですよ」 龐煖と戦う王騎 ・ 「民兵達は十持ってるうちの二十を出しきった だったら俺たちは十持ってるうちの三十を出す ちなみに俺は百を見せてやる!」 -信 僕にとってはこれが最高のスピーチだったよ。 ・ 「いるかよ」と言って玄峰の首を切り落とす。 -桓騎 ・ 「喜べ昴 奇跡が起きたぞ」 -信 ・ 「凰は正に将軍の馬です あなたは今 この戦場の中で将軍の馬に乗って走っているのです 理解したらゆっくり目を開き目にするものをよォく見てみなさい 敵の群を敵の顔を そして味方の顔を 天と地を これが将軍の見る景色です」 -王騎 ・ 「我らの国を絶対に守り切るぞ!!」 この時の政のスピーチは、10回読んでも感動で鳥肌が立つよ。 ・ 「剛情な奴め…」 張唐将軍から桓騎将軍へ最期の言葉 ・ 「 “法”とは願い!国家がその国民に望む人間の在り方の理想を形にしたものだ!」 -李斯 僕の法に対する考え方を実際に変えてくれたセリフだよ。 (翻訳終わり)管理人より:いつもコメントを投稿してくださる皆さん、どうもありがとうございます!次回の更新は 再来週の金曜日(4月12日) です。よかったら、また見に来て下さいね。
2019/03/08 15:55|日本製品 |TB:0 |CM:77 |▲
一人あたりのお米の消費量は日本より格段に少ないアメリカですが、アジア系やプエルトリコ系、あるいは日本人よりお米を食べると言われているキューバ系など、毎日のようにお米を食べる方たちもたくさんいらっしゃいます。ただし、彼らが米を炊くのに使う調理器具は普通の鍋だったり、あるいは日本円で数千円程度の安い炊飯器だったりすることが多く、あまり強いこだわりはなさそうです。 そんな彼らが日本メーカーの作る高性能な炊飯器で炊いたご飯を食べると、どんな反応を示すのでしょうか?今回は米アマゾンで販売されている象印製の炊飯器に投稿されたレビューを翻訳して、彼らの抱いた感想を見てみましょう。なお、レビュー対象となっている炊飯器は1リットル(5.5合炊き)で、値段は157ドル(約17,500円)の製品です。レビューの集計は下図をご参照下さい。↓では、レビュー翻訳をどうぞ!(次回更新日時を訂正しました 3/18)
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● 「値段が高いだけの価値あり」 男性 評価:★★★★★ この炊飯器を買ったのは4ヶ月前だ。これまで僕らが使っていたのは、50ドル(約5,600円)程度のノーブランドの炊飯器だ。炊飯器なんて大して重要なものと思っておらず、これを使うとおおむねチャイニーズレストランで食べる米と同じような味に炊けるから、まあいいかと思っていたわけだ。この数十年間はだいたいそんな感じで、地元の量販店で売っている平均的な値段の炊飯器を買っていた。でも、今年になって、僕らも少しは贅沢して高価な炊飯器を買ってみようじゃないかということになった。そう、この象印の炊飯器は平均的な炊飯器の3~4倍は値段が高い。 僕らがこの炊飯器を買って最初に炊いたのは、いつも食料品店で買っているジャスミン米だ。心から驚いたよ。まったく何と大きな違いがあるんだろう。40年以上生きてきたけれど、米がこれほど美味しいものだったとは、思いもしなかったね。食感が別物だし、香りだって、もう調理している段階から別物だった。まるで20年以上乗っている車から、急にGPSナビ搭載のハイテクカーに乗り換えたような気分だったよ(笑)。 この違いを言葉で説明するのは本当に難しいね。ただ、僕は今までどんな炊飯器を使おうとも、炊きあがる米の味に大きな差はないと思いこんでいたわけだけれど、それが完全に間違いだったということは言えるよ。一般的な炊飯器と象印の炊飯器とでは、炊きあがる米の味にすごく大きな違いがある。それは間違いない。 まだ使い始めて4ヶ月だから、もし壊れたり誤作動を起こしたりするようなことがあれば、またこのレビューを書き直すつもりだ。他のレビュワーで誤作動を起こしたと書いている人がいたので、この点は少し心配だ。あと、メイド・イン・ジャパンだと思いこんでいたのに実際はメイド・イン・チャイナだったから、その点も不安は残るね。この心配が単なるステレオタイプな思い込みに過ぎなかったら嬉しいんだけどね。このレビューが誰かの役に立ってくれることを願ってるよ。 ● 「完璧なご飯」 男性 評価:★★★★★ 今日届いたばかりだから、まだ一度しか使ってない。炊いたのはジャスミン米だ。 僕はキューバ人だから、これまでの人生で、ずっと米を食べ続けてきた。今まで使っていたのは値段20ドル(約2,200円)ほどの安い炊飯器だ。今回買ったのはそれよりずっと値段の高い炊飯器だから、安い炊飯器と比べて明らかな違いがないと困る。でも、そんなに大きな違いがあるはずないよなあと思いながら、炊きあがった米を食べてみた。 驚いた。これは完璧だ。完璧に炊きあがっているんだ。この違いを言葉で説明するのは難しい。でも毎日米を食べる人なら、必ず違いを分かってくれるだろう。これまで食べてきた米と比べて、圧倒的な違いがあるんだ。今、すごくハッピーな気分だよ。 ● 「僕の命を助けてくれた」 男性 評価:★★★★★ 以前のことだけど、家の一部が倒壊してしまったため、数ヶ月間キッチンを使えなかったことがある。その間、料理を作る道具はこの炊飯器と電気ポットだけだった。これはえらいことになったぞと思ったけれど、意外にも、その間の食生活はかなり良好だったんだよ。この炊飯器でご飯を炊き、インドマーケットで買ってきたカレーをかけて食べたりしていたわけだけど、正直なところ、毎日かなりまともな食事を摂っているという印象だったね。 その時の経験があったから、それ以降はほぼ毎日のようにこの炊飯器を使っている。毎朝、確実に温かいご飯にありつけるというのは、実に嬉しい気分になるものだ。このご飯を象印のベントーボックスに入れて職場に持っていけばランチタイムになっても温かいままなので、同僚からは羨ましがられているよ。以前、ドラッグストアで買った安物の炊飯器とは雲泥の差だ。この炊飯器が僕の食生活を良い方向に変えてくれたことは間違いない。これは自信を持ってそう言い切れるよ。 まず、炊きあがったご飯の質がまるで別物だ。安い炊飯器と違って、ご飯に硬い部分が全くないんだ。炊きすぎることもなければ、その逆もない。寿司を作るのだって、簡単になったような気がするね。ただし、炊くのに時間がかかることは注意してもらいたい。玄米を炊く場合なんて、2時間もかかってしまう。でも、出来上がりが素晴らしいんだから、作るのにもそれくらいの時間が必要だということなら、まあそれはそういうものなんだろうと納得できる。 この炊飯器を使ってご飯を炊いたのは、もう1000回ほどになるんじゃないかと思うけど、今も新品同様に動いてくれるね。ただ、しゃもじを入れておくホルダーだけは壊してしまった。ここの品質だけはあまり高くない気がする。象印のサイトでそのホルダーの部品を注文したら、かなり高くついてしまったしね。ただ、6年間使って壊れたのはこの部分だけだったよ。 ● 「手に入れるべき炊飯器ですよ!」 女性 評価:★★★★★ 数日間を費やして炊飯器のことを調べ、アマゾンのレビューも熟読した結果、象印が一番素晴らしいメーカーだということがわかりました。数々の家電製品を買った経験から言えることですけれど、結局は一番良いものを買っておくほうが時間の節約になるんですよね。それに、我が家の食生活を向上させる上で、もっと穀類を摂ることが大事なんだろうなと常々考えていました。そのためにも役立ってくれるだろうということで、私はこの炊飯器を買うことにしたんです。 ワオ!家に届いた箱を開けた瞬間から、私はこの炊飯器を大好きになりました。私がこの機種を選んだのは、他の機種にない色々な特徴があるからです。色を選べること。私はステンレス外装の家電が好きなので、我が家のキッチン家電はアーストーンでまとまっています。この炊飯器もキッチンにピッタリ合ってくれました。 色んなタイプの米(玄米など)や穀類も調理できるようになっています。 リサーチした結果知った「ファジー理論」というものを試したくなったのですが、この炊飯器もファジー機能搭載です。 ご飯が炊きあがった時、音で教えてくれること。この音はキッチン以外の場所にいても聞こえます。音は設定で変更できますので、ビープ音にも音楽にも、そして無音にもできます。 コードをコンセントから抜いても時計を合わせ直す必要はありません。これはかなり気に入ってますよ。 中の釜は焦げ付いたりすることもないので、とっても洗いやすいですよ。毎回、使うたびに洗っています。 しゃもじホルダーがついていること。しゃもじがどこに行ったか探す必要がなくなるので助かりますよ。 この炊飯器が家に届いて以来、ほぼ毎日使っています。最初の一回だけはちゃんと炊けなかったのですが、これは私のミスでした。ちゃんとした量の水を入れていなかったんですね。私はこれまでずっとインスタントの米を使ってましたので、水を入れる必要があることを知らなかったのです。そんなわけで、勉強が必要な要素も少しはありました。でも、もう今では自信を持ってご飯を炊いていますよ。いろんな種類のお米を買いに行くのが楽しみになってます。キヌアのようなお米以外の穀類も試したりしています。 大学に通うようになった私の娘も、これを大学の寮に持っていきたいと言っています。いつもこの炊飯器で炊いたご飯を学校で食べるランチ用に持たせてあげてましたので、娘もこの炊飯器がお気に入りなんです。娘はご飯とノリを、いつも学校に持っていっていました。ええ、もちろん普通は子供がランチにそういうものを持っていったりしないということは理解してますよ。家でも普通はご飯を食べないでしょうし、私たちの文化の一部になっているわけでもありませんしね。でも、子供がハッピーな気持ちになってランチを全部食べてくれるわけですから、私にとっても子供にとっても大満足なんです。本当に娘がこの炊飯器を大学に持っていった場合に備えて、他の象印製炊飯器を今から調べています。 夫はというと、なぜ炊飯器が必要なのかということを、最初はまるで理解してくれませんでした。でも、これだけご飯が簡単に、しかも毎回完璧に美味しく作れるということ、そして私たちが同じことを炊飯器なしにやろうとしても無理だということを徐々に理解してくれましたので、今では彼も気に入ってくれてますよ。彼は普段食べないような穀類を買ってきて試してみるようにまでなっています。おかげで、私たちの食べる料理の幅もずいぶん広がりました。 この買い物を成功と呼ばずして、なにが成功だと言えるのでしょう! ● 「お米だけじゃなく、チーズケーキもスポンジケーキも、それからオムレツまで作れます!」女性 評価:★★★★★ 私たちはすでに象印の湯沸かしポットを使っていて、7年間も動いてくれてます。そのことが頭にあったものですから、炊飯器も象印に決めました。台所のカウンターに置いた時の見た目の良さも気に入っていますけど、仕事ぶりが信じられないほど凄いんですよね。玄米を炊く時に私がやったことといえば、玄米と水の量を測り(どこまで水を入れればいいかも親切にわかりやすく表示されています)、メニューの中から玄米を選び、スタートボタンを押す、これだけです。それで美味しく炊きあがりました。 チーズケーキも焼けるんです。美味しかったですよ。夫の誕生日にスポンジケーキを焼いてあげたこともあります。彼は今までで最高のケーキだと言ってくれました。オムレツの出来も完璧でしたよ!フリッタータに近い仕上がりだったかな?夫はそれにご飯の残りを混ぜて食べていましたね。手軽に作れて美味しい料理でした。 タイマー機能もいいですよ。朝、とても早い時間に起きなければならないお客さんを自宅に泊めたことがあるのですが、その前夜にあらかじめオートミールを調理する設定をしておきました。お客さんが起きたタイミングで、オートミールは完璧に仕上がってましたね。湯沸かしポットと同じく、この炊飯器が長持ちしてくれることを願っています。 ● 「妻がヒスパニック」 男性 評価:★★★★★ 妻がヒスパニックなので、僕らの家ではかなりの量のご飯を食べる。これまでご飯を炊くのは妻の仕事で、彼女は鍋を使ってコンロで米を炊いていたものだ。僕がこの炊飯器を買ってくると、彼女からは「こんなものにお金を使ったの?」と小馬鹿にされたが、それも、この炊飯器を使って実際にご飯を炊いてみるまでのことだった。 今では、ご飯を炊くのは僕の仕事になっている。以上だ。 ● 「これがなければ飢えてしまうだろう」 男性 評価:★★★★★ 結論を先に言ってしまうと、もうこの炊飯器がない生活は想像できないね。おかげで食事がずいぶんバラエティ豊富になったよ。僕はこの象印を愛している。今やキッチンの中心的存在だ。僕はいつもこれを使って料理をするんだけど、出来はいつでも良好だ。 実は米を炊くことはあまりなくて、オーツ麦を料理することが一番多い。と言っても、僕がやるのはオーツ麦と水を入れて、それからポリッジ(おかゆ)にセッティングしてボタンを押すだけだ。あとはこの炊飯器が全てを判断して全てをやってくれるんだよ。2時間ほど経ってから見に行けば、完璧に調理された状態になっている。僕は一週間分をまとめて料理してしまうもんだから、毎朝、僕がやることは、それを電子レンジに入れるだけだ。 オーツ麦を料理することの次に多いのは卵を茹でることかな。大きめの卵でも8個は同時に茹でられるよ。他にも野菜やチキンを蒸したりすることもあるね。とにかく、この炊飯器を通せば、全ての食材が美味しく仕上がって出てくるんだよ。 機能で一番気に入っているのは保温機能だね。オーツ麦でも米でもいいけど、調理を始めるとする。その後に家を出ても何ら心配する必要がないんだ。というのも、調理が終われば自動的に保温機能が作動して、中の料理がなんであれ、家に戻って食べるまでの間、ちょうどいい温度に温めておいてくれるんだよ。無くてはならない機能だね。この炊飯器自体も今や無くてはならないものになっているよ。これがなければ僕は飢えてしまうだろうな。 ● 「ラブラブラブ」 女性 評価:★★★★★ 最高の170ドル(約19,000円)でしたよ。もっと安い炊飯器を買うという選択肢もありましたけど、やっぱり値段ですね。この炊飯器を使えば常に完璧です。失敗はありえません! 私はプエルトリコ人ですので、私の家で米のご飯は欠かせません。これまではガスコンロを使って炊いていたのですけど、仕事でかなりの時間を取られるものですから、もっと簡単に炊ければなあと思って購入しました。実際、すごく簡単になりましたよ! ● 「完璧なご飯が炊ける。それも毎回。」 男性 評価:★★★★★ この日本の炊飯器の素晴らしいところは、一切コツを覚える必要なく使えるということだね。最高級レストランと同じ品質の米が炊けるのに、何かを習得する必要がまるでないんだ。米を洗い、水を入れ、ボタンを押す。あとは一時間待てば完璧な米が炊きあがりというわけだ。 炊飯器を作っているのは日本だけではないけれど、少なくとも完璧な炊飯器を最初に作ったのは日本だ。第二次大戦後の日本では、女性を含めて誰もが労働者になったおかげで、適切な時間にディナーを作れるだけの余裕がなくなってきた。そこで、米を炊くだけでなく炊きあがった後も長時間保温しておいてくれる炊飯器の人気が高まったということらしい。 最初の炊飯器を発売したのは東芝だが、現在、この分野で巨大な存在になっているのは象印とタイガーの二社だ。だから、間違いなく高品質な炊飯器が欲しいと思う人は、この二社の製品を選べばよいというわけだね。ただし、アメリカでの存在感が大きいのは圧倒的に像印の方で、僕も象印ファンの一人だ。電気ポットも持っているし、ランチボックスも持っているし、水筒は複数持っているよ。特に水筒はもはや手放せないね。保温力の凄さは本当に見事だよ。 僕は毎食米を食べるというわけではないんだけど、なんといっても簡単に使えるものだから、サイドディッシュとして米を炊いたりする時にすごく便利なんだよね。機能も豊富なんだけど、なんといっても素晴らしいのが保温機能だね。僕はランチ用に米を炊くことが多いんだが、この保温機能のおかげで、炊いた米をディナー用にとっておけるんだよ。そしてディナーの時になっても、まるで炊きたてのような味わいなんだ。安い炊飯器と比べて一番大きな違いがここだと思う。この機能のために値段が上がっているのかもしれないけど、少し余計にお金を払う価値は十分にあるよ。 このために値段が高くなったんだろうと思える要素は他にもあって、それは「ファジー理論」に基づくコンピュータ制御で調理されているということだ。基本的には室内の気温を読み取り、それに応じて炊き加減を調整してくれるというものだ。調理時間や熱の具合を微妙に調節してくれることで、毎度毎度完璧なご飯が炊けるというわけだ。この機能のおかげで、ボタンさえ押せば、あとは放っておいても大丈夫なんだよ。 内側の釜も、ちょっと信じられないほど手入れが簡単だ。お湯と洗剤を使ってすすげば、それだけで十分きれいになるんだよ。スポンジまで使う必要があることはほとんどないね。レビュワーの中に、使って1年かそこらで釜の内側の表面素材が剥げてきたという不満を書いている人が何人かいたけれど、替えの釜は象印のウェブサイトに行けば35ドル(約3,900円)程度で入手できるよ。ただ、釜の内側が剥げるのは、金属のタワシを使って洗うからなんだ。それさえしないように気をつけておけば、何年も良好な状態で使えるものだよ。 コードは掃除機のコードのように半自動で炊飯器の中に収まるようになっているから、収納するのにも便利だし、取っ手がついているのもいいね。フタを取り外して洗うのも簡単だ。 Youtubeをチェックして、炊飯器を使ったレシピを色々と見るのも楽しいよ。日本の専業主婦の女性たちは、日本の家庭なら必ずあるような家電製品を使って、興味深い料理を簡単に作る方法をいくつも編み出しているからね。 そんなわけで、この炊飯器の値段が少々高いからといって心配する必要はないよ。僕もいい買い物が出来たと思っている。 おすすめ度の平均: 操作性良好。時間短縮機能が優秀 大正解!! 美味しく炊けます! 値段から考えると大満足。美味しく炊けます コスパ最高! (翻訳終わり)管理人より:いつもコメントを投稿してくださる皆さん、どうもありがとうございます!次回の更新は 3週間後の金曜日(3月29日) です。よかったら、また見に来て下さいね。 ※ 次回更新日時を訂正しました
2019/02/22 15:55|日本の食事 |TB:0 |CM:40 |▲
今回は、サンフランシスコの大人気ラーメン店「MENSHO TOKYO」のレビューを翻訳して、ラーメンを愛するサンフランシスコ市民の声をお届けします。 「MENSHO TOKYO」は2016年、サンフランシスコにオープンしたラーメン店です。ラーメンクリエイターとしてメディアにも登場される庄野智治さんのMENSHOグループが海外一号店として出店しました。ラーメン一杯12~20ドル(約1,330~2,210円)と高めなのですが、オープン直後から地元の人々の絶大な支持を受けて、連日大行列ができるほどの人気を誇っています。どうしてこれほどの人気店になったのか、どうか、レビュー翻訳を読んでご確認下さいね。 なお、レビューサイトYelpに投稿された「MENSHO TOKYO」のレビュー数は1863件(2019年2月22日現在)、平均は5つ星中4つ星です。レビュー集計は下図をご覧下さい。↓では、レビュー翻訳をどうぞ!
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● 男性 サンフランシスコ 評価:★★★★★ この店の前評判はものすごかったね。オープン前から流行りに敏感な人々や自称ラーメン通の人たちがひっきりなしに噂していたもんだよ。正直、ちょっとウンザリするほどだった。オープン直後に聞いたところによると、ラーメン一杯で18ドル(約1,990円)、しかも2時間以上待たなきゃならないらしい。さすがにハードルが高すぎる。そんなわけで、しばらくこの店のことは考えないことにしていた。 しかし、オープンから6週間経過した昨日の木曜日、仕事が早く終わった事もあって、僕はついに迂回するのをやめてこの店に行ってみることにした。みんなから「開店1時間前の午後4時には行っておいた方が良いよ。」と言われていたので、その通りにしてみる。金切り声を上げているホームレスの女性を除けば、午後4時35分まで誰も現れなかった。 スタッフたちは僕に向かって、来店してくれたことと辛抱強く待っていることに礼を言ってくれるから、僕の存在に無関心というわけではなさそうだ。その後、僕の後ろにどんどん行列が出来ていき、最終的にはけっこうな数になっていた。僕は午後5時の開店と同時に入店する。席はカウンターの正面だ。キッチンの様子がよく見える良い席だった。カウンターの向こう側ではスープの入った鍋が煮立っていて、スタッフが真剣な表情でチャーシューを切っている。 僕の席の隣にはフィリピン人の家族が座っていた。彼らはもう少しで美味いラーメンが食べられるぞという興奮をどうにか抑え込んでいるという様子だ。僕も彼らと気持ちは同じだし、注文すべきものも分かっている。なんと言っても入店を待つ間、1時間も考えていたわけだからね。まずは前菜の牡蠣だ。醤油で味付けされていて料金は5ドル(約550円)。新鮮だし、実に美味い。でもメインイベントはこれからだ。 さあ18ドルの鶏パイタンラーメンが来た。僕は1.5ドル(約170円)の追加料金を払って鴨チャーシューを追加している。やっぱり、金の使い所はここしかないよね。うん、麺の硬さはアルデンテで完璧だ。チャーシューも決してクドくなくて肉の味が実に良い。スープに浮かぶメンマ、ケール、ゴボウ、カツオ節などの具も良い。 しかし、主役はやっぱりこのパイタンスープだ。これは単に味覚を刺激するだけのものじゃない。口に後味を残すだけじゃなくて、記憶にもずっと長く残り続ける味だと思う。このナチュラルなクリーミーさは最高と呼ぶ以外にないね。そして、この店のラーメンが他と比べて際立っているのも、やっぱりこのスープがあってこそのことなんだ。そう実感できる味だったよ。 なお、メニューには他にもオーガニック醤油ラーメン、塩ラーメン、ヴィーガン担々麺、まぜそばなどが載ってたよ。飲み物は日本のビール職人が作った特別なビールをおすすめされたけど、料金が高かったので、また次回に頼むことにして、気の弱い僕は今回は4.75ドル(約530円)のサッポロプレミアムを頼んだ。 僕が帰る頃には行列はさらに長くなっていた。でも、また来たいなと思う。 料理:5つ星 パイタンラーメンは最高だった 雰囲気:4.5つ星 清潔な店内だ。唯一の願いは店内スペースが3倍の広さになってほしいということ。そうすれば行列ももっと短くなるだろうからね。 サービス:5つ星 スタッフは素敵な人たちだった 総合: 5つ星 決して自称ラーメン通のためだけの店じゃなかった。ただし、忍耐力は必要だ。 鶏パイタンラーメン● 女性 サンフランシスコ 評価:★★★★★ 私としては、これが過去最高に美味しいラーメンなんじゃないかと思いますね。ベストを尽くしてこのレビューを書きますけど、美味しさを十分に表現できるかどうかは分かりません。 待ち時間:私がMENSHOに着いたのは水曜日の午後6時30分でしたが、40分後には席に着けましたよ。金曜日や週末なら待ち時間はさらに長くなるでしょうけれど、でも、それくらいのことをする値打ちはあるお店です。 店内:MENSHOはかなり小さなラーメン店です。こざっぱりとしたインテリアで、色は白一色です。全てがとても清潔でピカピカでしたよ。 スタッフ:サービスはずば抜けているというほどではありませんが、本格的なアジアンレストランで受けられるのと同じくらいのサービスを受けることができます。スタッフの手際が良いおかげで、お客の回転はスムーズですね。 ラーメン:ちょっと信じられないくらい素晴らしいというレベルです。私が注文したのは鶏パイタンラーメン、18ドルとちょっと高めですが、ラーメンに高いお金を払うのは慣れてます。スープを一口吸った時、思わず微笑まずにはいられませんでした。強烈な味わいと、その味の豊かさにショックを受けましたね。 このラーメンには小さな鴨チャーシューが二切れ、そして大きい豚のチャーシューが一切れが入ってます。鴨のチャーシューは完璧に味付けされていて、とても独特な味なんですが、とても美味しいんです。豚のチャーシューはちょっと脂肪が多めでしたが、こちらも良い味でした。麺はほとんどのラーメン店(私が個人的に好きなお店)で出てくるものより太めで、弾力があるように感じます。歯ごたえの良さと柔らかさのバランスが最高でしたね。でも、なんと言っても最高なのがスープです。リッチなのに決して重すぎることはなくて、究極なまでに風味が良いんですよ。 ボウルの中の全てが完璧な組み合わせであるように感じました。一杯の量はちょっと少なめに感じられるかもしれませんが、スープの味のリッチさがそれを補ってくれますよ。私としては、4分の3ほど食べたところでもう十分だなと思いました。それでも完食せずにはいられない味でしたね。麺の最後の一本まで平らげました。この量でお腹がいっぱいになるんだろうかと心配している人もいるかもしれませんが、大丈夫です。私が保証しますよ。 一杯のラーメンに感動したいと願っている人はいますか?サンフランシスコであなたの希望に一番近いラーメンを出してくれるのが、このMENSHOです。まずは足を運んでみて下さい。後悔することはありませんよ。 ● 女性 ロサンゼルス 評価:★★★★★ ラーメンのために2時間待つなんて、これまでそんな経験は一度もありませんでした。でも一口スープを吸って、その値打ちがあったことをすぐに理解しましたよ。私は外に駆け出して、まだ行列に並んでいる人たちに向かって「待つだけのことはありましたよ!」と、大声で教えてあげたい気持ちになりました。辛い待ち時間も報われる味でしたね。 私がお店に着いたのは日曜日の午後4時45分頃です。寒い日だったのに、薄着でサンダル履きという服装でした。すでに50人位の人たちが並んでいて私のお腹も空いていたのですが、よし並んでやろうと決意を固めました。とは言え、並んでいる間は、ひょっとして人生最悪の時間を過ごしているのかも、という思いが頭をかすめたりはしましたけどね。 私が注文したのはヴィーガン担々麺でした。そして、これが人生最高のラーメンだったんです。もう圧倒的です。非現実的なレベルです。友達が注文したのは抹茶ラーメンで、まるで抹茶ラテのようでしたよ!麺は太くて、濃厚なスープは味わいの宝庫で、麺ともよくからんでくれます。ヴィーガン担々麺は、本当にこれがヴィーガン向けの料理なの?と思うほど、信じられない美味しさでした。またこの店に行く日が待ちきれませんね。 ヴィーガン担々麺● 男性 サンフランシスコ 評価:★★★★☆ もしあなたがサンフランシスコの住人でないなら、ここにはたくさんの素晴らしいラーメン店があるに違いないと想像するはずだ。なんと言っても、ここは大都市なんだから、そう思うのは当然だよね。 しかし、悲しいことだけど、あなたが地元の人に美味しいラーメン店がないかと期待を込めて聞いてみると、地元のラーメン店には行かずにはるか遠いサンマテオやサンノゼの店に行った方が良いよと説得され、ガッカリしてしまうはずだ。それでも僕のようにこのサンフランシスコを離れたくない人間は、東京やロサンゼルスにあるようなうまいラーメンを食べさせてくれる店には決して出会うことができないという運命を受け入れざるを得なかった。 そこにオープンしたのが、この「MENSHO TOKYO」だ。MENSHOの開店以来、途切れることのない長い行列を見てもらえれば、サンフランシスコ市民がいかに深刻なラーメン不足にあえいでいたか、すぐに分かってくれるはずだ。この店がこれだけの人気店になったのは、この付近で食事ができる店は意外と少ないからという理由もあることはあるんだよ。でも、開店から数ヶ月経った今でもこれほど長い行列ができているのは、やっぱりそれだけの理由じゃないんだ。ちなみに、開店前の午後4時30分頃に来れば、待ち時間は1時間以内で済む可能性が高いよ。 ここが大人気店になっている一番大きな理由は、この店が疑いの余地なく街で最高のラーメンを出してくれるからなんだ。特に鶏パイタンラーメンは絶品だよ。これほど味わい深くて、これほどピュアな鶏の味がするスープが他にあるだろうか。本気でそう思うよ。ヴィーガンラーメンもショッキングだったね。肉を使わずにこれほど肉みたいな味わいを出してくれるなんて、本当に驚きだ。いや、疑うのは分かるよ。でも、どうか冒険してほしいね。決してガッカリすることはないと保証させてもらうから。 ここで食べたラーメンはどれも素晴らしかった。個人的に本当に最高と思うのは「ラーメン道場」や「山頭火」のラーメンなので、ここが一番だとは思わない。でも、サンフランシスコで最高なのは間違いないね。うまいラーメンが食べたくてたまらない人は必ず行くべき店だよ。 ● 女性 サンフランシスコ 評価:★★★★★ このラーメンがどれほど美味しいか、それを完璧に表現する言葉は存在しないと思いますね。それほど、このお店のラーメンは抜きん出ています。圧倒的です。このレベルに近いものすら存在してません。 長い間、私はずっとこの店に入ろうとは思っていたものの、店の前の行列を見てはあきらめる日々を繰り返していました。でも、ある時、勇気を出して行列に並んでみたんです。結果、意外にも驚くほど早く店内に入ることが出来ました。 かなり小さなお店で居心地はとても良く、インテリアもクールです。椅子やテーブルは背が高いものを使っていて、その下には持ち物やコートを入れておける木製ボックスがあります。これは気に入りました。食べている時に足がぶつかったりすることもありませんしね。 ラーメンの方は、伝統的なものではないようです。独創的で最先端な食材と最先端なスタイルのラーメンだ…と思います。まあ、ベイエリア付近のラーメン店しか行ったことのない私の感想ですけどね。ともかく、一般的なラーメン店じゃないなと感じました。とんこつラーメンがないのはガッカリですけど、気を取り直して鶏パイタンラーメンを頼んでみることにしました。 そのラーメンが私の目の前に運ばれてきます。今にして思えば、これは私の人生最良の出来事でしたね。まったく、こんな豊かな風味の食べ物が他にあるでしょうか!とっても濃厚でクリーミーなラーメンなんですよ、みなさん!先ほども書いたように、このラーメンを称賛するのに適当な言葉を見つけることはできません。このラーメンの美味しさを表現するのにふさわしい言葉は発明されてないんじゃないでしょうか。 ともかく私に言えるのは、このラーメンを食べるためなら、毎回2時間待ちをするハメになっても全然気にならない!ということですね。本当にそうなんです。 ● 女性 サンブルーノ 評価:★★★★★ このお店で食べてからレビューを書くまでに長い時間が経ってしまいましたけど、ラーメンの味は保証しますよ。食べてから1ヶ月経過しても、私の舌はあの味をまだ覚えているくらいですからね。 このお店のことを記事で読んだ私と友人は、これは絶対に試してみなきゃということになり、早速お店に向かいました。着いたのは午後9時30分で、注文できたのは午後10時20分頃だったでしょうか。他のレビューでは2時間待ちの人もいたようなので、悪くない待ち時間でしたね。 私たちが頼んだのは、一番人気の鶏パイタンラーメンです。スープを一口飲んで、もう死にかけました!私は理解したつもりでいた「うまみ」の意味が、このスープが味蕾を直撃するまで実はまるで分かっていなかったことに気づいたんです。麺との相性も最高でした。 このスープを表現するのは本当に難しいです。すごく滑らかで信じられないような味としか言えませんね。スープに気を取られがちだったので、チャーシューの方を味わうのはおろそかになっていましたが、こちらも良かったですよ。またこのラーメンを味わうため、今はお金を節約しているところです。もう一回行かずにはいられないと感じさせるスープでしたからね。中毒になってしまうことを保証しますよ。 ※ なお、テーブルは共同テーブルしかありません。また、ここはラーメンを食べた後、友人についてのゴシップや新しいボーイフレンドのことについて長々と語り合うようなお店ではありません。お腹をすかせた人たちがラーメンを待っています。ですから、ラーメンを食べたら、早めにお店を出ましょうね。 ● 男性 サンフランシスコ 評価:★★★★★ 時々、僕は遠くにある妻の職場まではるばる歩いていくことがある。ある日、その途中で、たくさんの人々が行列を作っている店があるのに気づいた。いったい、これはなんの騒ぎだろう。ちょっと考えて思い出した。ここは日本のラーメン店だ。それもかなり前評判の高い店だった。 確か日本で多くのレストランを所有している人物が、日本国外で最初にオープンした店だったはずだ。彼がサンフランシスコを選んだのは良い判断だと思う。僕らは本格的なラーメン店がサンフランシスコにオープンするのを長い間待ち望んでいたからだ。僕自身の経験から言っても、最高に美味いと思えるラーメンを味わった場所は、L.A.やラスベガスしかない。 その後、僕はこの店の前を通りかかるたびに、行列の長さを目で測っていた。まあ、いずれ行列も短くなって入りやすくなるだろうと思っていたが、2ヶ月経ってもそうならない。そこでこの前の日曜日、開店前に行ってみようじゃないかと、僕は妻の説得を試みた。しかし、彼女は時間の無駄だと言って、なかなか応じてくれない。結局、僕らが店の前に着いたのは午後7時だった。ここから忍耐の時間だ。うまいラーメンを食べるためだからやむを得ない。この我慢が報われるといいなと願いながら1時間待った。 ようやく、僕らは席につくことが出来た。僕らが頼んだのは鶏パイタンラーメン(チャーシューを追加した)、そして前菜として牡蠣のホイル漬けも頼んだ。牡蠣は軽い味付けで醤油の風味が心地よかった。ただ、もう少し味が濃いとさらに良いかもしれない。 そしてラーメンだ。鶏パイタンのクリーミーなスープの中に2枚のポークチャーシュー、そして鴨チャーシュー2枚、メンマ、ケール、ゴボウなども入っている。スープの味わいは、まさに極上だった。濃厚でリッチで、クリーミーで、決して味が濃すぎるわけではないのに、弾けんばかりのうまみが凝縮されている。麺は太めで硬さはアルデンテだ。僕は一口一口の歯ごたえを存分に楽しんだ。 ここがもし日本だったら、僕は日本で習得したテクニックを使って、麺とスープと適度な空気を同時にすすり上げていたところだ。この方法を使って食べると、麺にスープの味が良くなじんで、ラーメンの全てを味わっているという気分になれる。また、熱々のラーメンでも冷ましながら食べられるという効果もある。 ただし、僕らが座っているのは他のお客もいる共同のテーブルだ。あの方法を使って食べたい…、という誘惑に駆られはしたが、ここは日本じゃないので、「礼儀正しく」食べるしかない。とは言え、僕らは十分にラーメンを楽しむことはできた。そして、これは今のところ、僕が食べた中で最高のラーメンだとも思った。 追記:ここのシェフが新しい味のラーメンを出そうとしていると聞いて興奮している。彼はラムベースのスープを日本で作り出したそうだが、この店でもそのスープを出してくれるということなんだろうか。保険基準やら規則やらの違いがあるから、全く同じスープを出せるかどうかは分からないけど、どうにかしてもらいたい。彼がそのスープを使ったラーメンを出してくれるのなら、今度はあのテクニックを使って、ぜひともそのラーメンをすすってみたいものだ。 (翻訳終わり)管理人より:次回の更新は 再来週の金曜日(3月8日) です。よかったら、また見に来て下さいね。
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